第7話


「いままで、サボっていたのによく普通に入っていけるね」


 佐野原さんは最初体調が悪いと言って見学を始めたらしいが、最初から具合が悪そうな素振りなんてなかった。わざわざ、俺と話をするためにサボっていたらしい。


「なんで、佐野原さんはそこまで、俺に親切にしてくれるの?」


 手を引かれながら、問いかけてみると「んー」と少しの間考えていた。


「まぁ、あたしがそうしたいと思ったからかな?」


 質問をして疑問形で返されたことに違和感を覚えつつも、結局理由と言える理由は聞けなかった。最後に小さな声で何かを言っていたが、バトミントンで白熱する健吾の声でかき消された。


「はい!俺達の勝ちー!一葉と俺に勝てるやつはいない!」

「もう健吾は一回一回五月蠅いって、普通に喜べないの!?」


 大声を上げて無敵宣言をしている健吾と隣で恥ずかしそうに大きくため息をついている志田さん。二人は今のところ負けを知らないらしく、健吾は一人で天狗になっている。それを見ているとなんだかイライラしてきた。


「春宮君。君の親友が天狗になっているみたいだけど良いの?」

「まぁ、あれは止められなくないか?あいつの運動神経は怪物だぞ?」


 バスケ部で鍛えているのだから、一般の生徒では相手にはならない。あの天狗を止められる人はいない。


 隣に立つ佐野原さんは何かを思いついたらしく、健吾と志田さんのペアが使う得点板の前に向かっていった。よく分からない俺はその場に止まっていたが、得点板の前にいった佐野原さんに手招きをされる。


「春宮君、あたし達はスポーツマンシップに則った、得点係をやることにしました!」

「う、うん」


 最初にここに呼ばれたとき俺はスポーツマンシップのかけらも無いことを考えていたことは秘密にしておこう。佐野原さんがせこいことをしようとするはずがない。


「おお!颯汰じゃん。珍しいな。体育に自分から混ざろうとするのは、得点係をやるなら、俺達のペアの得点は捲る回数が多いからオススメはしない。佐野原にやってもらえ-」

「多分、この試合は健吾が負けるよ。お前は売ってはいけない相手に喧嘩を売ってしまったらしい!」

「何を言っているんだよ! 俺と一葉が負けるはずないだろう! そんなにいうなら、勝ったら俺達にコーヒーおごれよ!」

「分かったよ!お前が負けたらこっちがおごってもらうからな」

「もちろんだ! コーヒーと言わず、焼き肉でも何でもおごってやるよ!」


 健吾の言質は取ったが、実際の所、あのペアをどうにか出来る方法は思いついていない。佐野原さんの作戦に俺の小遣いが掛かっている。


 試合はすでに始まっていて、順調に健吾達が点数を重ねていっている。対戦相手のペアも動きは悪くないが、純粋にスペックで負けてしまっているようだ。


「佐野原さん、このままだと、俺がコーヒーをおごらないといけない。どうしたらいい!?」

「なんであたし達が得点係をやることにしたと思う?」

「それは俺達だけサボっているのは良くないから?」


 得点係で不正を働くためだと思ったが、スポーツマンシップは守ると言っていたからな。


 俺の回答はどうやら不正解だったらしい、舌を鳴らしながら、人差し指を左右に振っていた。


「甘いよ。あの運動神経の持ち主を倒すには、もっと、心を鬼にしないと」

「え?」

「天狗の鼻を折るんでしょう。春宮君にしかそれは出来ないよ」


 よく分からなくなってきた。俺にできることなんて何一つないのに……。


「点数係は暇だからさ!ちょっと話をしようよ!」

「え、うん。いいけど」

「春宮君って野村君と昔から仲いいの?」


 健吾達のペアに5点入ったところで俺達は雑談を始めていた。あえて健吾の話題を出したことに違和感を覚えたところで、健吾がこちらをチラリと見る。恐らく見たのは俺ではなく話している佐野原さんだけど。


「知っているのは中一の頃からだよ。長い付き合いに見えるが、そうでもない」

「へぇ~、なんだか以外だね、家族ぐるみで幼稚園から仲が良いっていわれても納得できるよ」


 健吾は俺達から視線を外し、サーブを打つポジションに着き、力を込めようとした瞬間から佐野原さんの作戦が動きでした。


「じゃあ野村君のなれ初めも知っているんだ!」


 その言葉にコート内にいる全員が反応を示したが、一番の動揺を見せていたのはシャトルをポトリと床に落とした健吾だ。


「サーブミスだよな」

「うん。そうだよ! これが春宮君にしか出来ない素晴らしい作戦だよ!」

「おい! 颯汰。それはずるいって、お前が口を割ったら、俺の黒歴史が-!」

「ずるいって?お前の運動神経もずるいからおあいこだよ」

「俺のは努力の結果だああああああ!」


 健吾は叫んでいるが、志田さんは口元を押さえて笑っているし、相手のペアも健吾の黒歴史に興味津々のようだった。


 そこからは嫌悪と志田さんペアは点数がとれなくなっていた。志田さんは上手いこと動いているが、健吾が全てを台無しにしている。全部俺が原因だけど。


「夏祭りに志田さんの浴衣を見てぶっ倒れたこともあるよな」

「ぶっへ!」


 変な声を上げて健吾はラリー中に膝をついて一点を落とす。


「付き合う前に気を引きたくてわざと風邪を引こうとしてたし」

「うげぇ!」


 試合中に俺の方に視線を向けていたせいで、シャトルを顔面で受け止めたりもしていた。


 試合はいつの間にか一方的に進められていて、健吾達に勝っていることがよっぽど珍しいことなのか、他の試合を中断してクラスの人達が集まり始める。どんどんと暴露される黒歴史に健吾のライフはほぼゼロだ。もうこれ以上は可哀想だから、全部を言うのは辞めよう。ほのめかすだけでも効果は抜群だろうし……。


「そういえば、修学旅行の時……」

「お、お前それはダメだぞ!」


 このやりとりをした瞬間に試合は終わっていた。暴露した黒歴史も最後のを除けばたいした傷にもならないものばっかりだし大丈夫だろう。最後のを覗けばな。


「負けたー……。颯汰のやつ俺に恨みでもあるのか?」

「健吾に恨みなんてあるわけないだろ。いつも感謝しているから天狗になる前に止めてあげたんだよ」

「なんだよ、折角全勝で終わろうと思っていたのに、でも、まぁ、颯汰が自分から前に出てくるのは面白かったから良いか。佐野原のおかげだな」

「あたしは何にもしていないよ? 春宮君と話をしていただけだから」


 試合終了後も特に険悪な空気になることはなく談笑をしていた。そこに志田さんは突然腕を組みながら健吾の目をじっと見て問いかける。


「健吾?あんた修学旅行で何をしでかしたの?それ以外は知っているけれど、修学旅行の悪行は聞いてないよ?」


 目からハイライトが消えた志田さんの圧力は俺なんかでは耐えることが出来るようなものではない。申し訳ないが俺には解決できるものではないから、自分で解決してもらうしかない。ご愁傷様。


「まじで、なんもなかったからな?一葉さん!?」


 いつも都合が悪いことがあるとき彼女をさん付けで呼んでいる。それは志田さんも理解しているから、健吾に向けられる視線はより鋭いものになっていく。


「春宮君。あれは放っておいても大丈夫なやつ?」


 自分たちのせいでクラス内でも公認の熱々カップルに亀裂が入ることを心配している様子の佐野原さんだが、俺はあの二人はこの程度のことではどうにもならないことを知っている。


「大丈夫だよ。あの二人はね、あれが日常でいつもだから、帰る頃には仲良くしているさ」

「そうなんだ。いいね、楽しそうだなぁ」


 クラスの誰もが羨む理想のカップルに佐野原さんは羨望の眼差しを向けている。だが、容姿も性格も文句の付けどころがないのだから、羨ましがらずとも、簡単に理想のお相手を見つけられそうなものだけど。


 健吾達の試合が終わった後は特に大きな出来事もなかったが、黒歴史をばら撒きまくったおかげで目立ったことで、周りのクラスメイトから声を掛けられるようになっていた。


 みんな天狗の鼻を折ってやりたいという気持ちがあったようでそれに貢献した俺を褒めてくれている。その様子を見ていた佐野原さんは少し離れたところから優しく微笑んでくれていた。すごく騒がしい体育の時間は佐野原さんのおかげで信じられないほど充実した時間だった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

歩けない俺と歩き出す恋心 土竜健太朗 @moguraken1130

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ