第2話
高校生になれば突然考え方が変わり、大人びた思考になれると思っていた。将来を見据えて行動して、相手の気持ちを尊重した発言が出来て、頼りになる存在になれると思っていた。
小学生の頃は、周りとの差を気にしたことはなかったし、自分の障がいなんて関係なく周りに溶け込んだ。中学校に入ってからは少しだけ自分が出来ないことがあるたびに暗い気持ちになるようになったが、周りの友達は俺の障がいを気にはせずに接してくれていたから、それなりに充実した日々をおくることが出来ていた。
中学生にもなると異性の友達とより親密な関係になりたいという思いが強まっていった。それが良くない方向に気持ちを引きずってしまうことも知らないで……。
あれは、中学校二年生の夏休み前の話――
「夏休み、春宮は何をして過ごすんだ?」
学生にとっての夏休みは特別な時間。その時にしか経験できないイベントが目白押しだ。夏祭りとか、プールとか、キャンプに行ったり、花火大会を見に行ったりなんていうのも、悪くはない。あげればきりがないが、来年は高校受験も控えている身だ。夏を一番満喫できるのは今年しかないと思っている。
「夏休みか、やっぱりさ。彼女がいたら、最高に楽しいんだろうな……」
『なにをするか?』より『誰と過ごすか?』に意識が向いてしまい。ぽつりと言葉がもれる。それを聞いていた健吾は大きく笑う。
「それはそうだな! 彼女と過ごす時間は素晴らしいよ。そう思うならアタックしろや!」
「おいおい、お前は誰のおかげで志田さんとくっついたと思っているんだ?」
さっさと告れと圧を与えてくる健吾に負けないぐらいの圧で言い返す。
目の前に居る野村健吾は誰が見てもイケメンだ。整った顔立ちに、それに見合うスタイルで、176cmの身長が魅力を引き立てる。俺なんて150cmあるかないかだ。歩くことが少ないから背が低くても関係ないが……。
「まぁ健吾ののろけとかは無視するとして、アタックって簡単に言ってもな……」
「芦田さんとお前さ。めちゃ仲よさそうに見えるんだが、お前の目はちゃんと開いているのか?」
「芦田さんは……」
言葉が詰まる。同じクラスの芦田咲希。彼女は入学当初から仲良くしてくれている数少ない友達だ。女子で話が出来るのは、健吾の彼女の志田さんか芦田さんの二人しか居ない。
いつも通学路の途中で出会うものだから、かれこれ一年間、殆ど一緒に登校していた。容姿は俺に勿体ないほどにキレイで、いつも黒いポニーテールに目が行ってしまうのは、誰にも言えない秘密である。
「芦田さんに振られたら、たぶん、寝込むよ3日ぐらい」
「まぁ、3日ぐらい寝込めば良いと思うぜ。そうしたら、そのまま夏休みで周りより3日お得だし、上手くいけば、良い夏休みになるだろ」
「いいよな。お前はどうせ予定がいっぱいなんだろ」
「まぁ、そうだな。夏祭りとかプールに行く約束はしてる。一葉が浴衣を着ているところを想像してみろ。やばくね?」
「はいはい、凄いね、ヤバいね」
友達の彼女の浴衣姿を想像して心を躍らせるほどこじらせてはいない。適当に相づちを打って健吾ののろけを受け流す。
「ウチの名前を呼んでいたのは、いつもの二人組かな?」
柔らかい口調で会話に入ってきたのは志田一葉さんだ。栗色のショートヘアーで同い年なのに、自分たちよりも一歩進んでいるような大人の雰囲気が漂う。
健吾と会話していると後からこうしてやって来るから話す機会は多い。
「健吾が志田さんの浴衣を想像して鼻の下を伸ばしてた」
「お、俺は想像しただけだ!」
「ぷっ! 二人とも思春期だ。想像して楽しむのは自由だから好きにしなよ。健吾は夏休みが楽しみだね! 鼻血が出ても良いようにティッシュをいっぱい持って行くから安心して!」
何故か俺まで想像していたことにされているような気もするが、いちいちツッコミを入れていてもきりがないので諦める。
「コホン。一葉の浴衣の件はいったん置いておこう。今は颯汰の背中を押すことを考えないと」
「背中を押すって何をさせる気なのさ」
俺を抜きにして二人で作戦会議を始めている。確かに異性である志田さんの意見を聞けることは良いことだけど、少し恥ずかしい気持ちもある。二人の会話を極力邪魔しないように様子を見ることにする。
「芦田さんと颯汰って良いと思わないか?」
「芦田さんねぇ。まぁ、いつも一緒に登校してるから、仲は良さそうに見えるけど、ウチは芦田さんとの関わりがあんまりないから、何にも言えないな。ただ……」
志田さんは突然俺の肩に手を乗せてから言葉を続ける。
「春宮が本気なら、出来ることは全部やった方が良いよ。出来ることは全部。そっちの方がかっこいいから」
その言葉に俺はちょっとだけ心臓があらぶった。友達の彼女に心を動かされるほどに俺も思春期をこじらせていたようだ。
小さく笑顔を見せ俺の背中を押した志田さんはすぐ手を離し、健吾との会話に戻る。やっぱり、同い年だとは思えないほど志田さんは大人だ。
「おいおい! 彼氏の俺でさえ、カッコいいなんてなかなか言われないんだぞ! 颯汰、ずるいぞ! 」
「ハイハイ。ケンゴモカッコイイヨ」
悔しそうにしている健吾を適当にあしらっている志田さんは面倒くさそうにしながらも、表情は優しくて、見ているこちらとしては二人が幸せそうで羨ましい限りだ。
休み時間はあっという間に過ぎていき、チャイムが次の授業の始まりを告げようとしていた。
少し前までは健吾の言っていたことは冗談だと思っていて、自分の中では一切現実味のないことだったが、今は少しだけ考え方が変わっていた。
「俺も頑張ってみようかな」
授業の準備が始まる少し前に二人には決意を伝えた。どうせ、すぐにバレるし、隠しておくことでもないから。
「おう! 頑張れよ」
「頑張ってね」
二人の声援を受けたところでチャイムの音が響く。少し緊張しているからか、心臓の音がうるさくて先生の声はあまり頭に入っては来なかった。
「思い立ったが吉日」なんて言葉があるものだから、俺はその日のうちに行動を起こしていた。
自分でも驚くほどの行動力を発揮した結果。放課後の人が帰った後の教室で話をする約束を取り付けることには成功した。
部活動をしている生徒は各々の目的の場所に行ったから、教室に残っているのは一人だ。因みに俺のクラスは、車いすに乗っていて階段を上ることが大変なことを配慮してくれていて、一階の教室を使用している。
廊下も静かで教室に足音が近づいてくるのがすぐに分かった。覚悟は決めていたが、これまでの人生で一度も告白なんてしたことはない。薄らと汗を掻くぐらいには緊張していた。
「春宮君。遅くなってごめんね。話って何かな?」
教室に入ってすぐ芦田さんは俺の机の横に立ち、用件を伺ってくる。その表情はいつもと何にも変わり無いもので、これから俺が告白しようと思っているなんて考えていない顔だ。
「こちらこそ、急に呼び出してごめんね……」
人生で初めての告白。この経験を境に自分の障がいは周りの人達と同じように過ごすことは難しい物だと知った。――
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