第53話 決戦(3)
ソフィアはそのままアランと立ち話を始めた。憑依されているアランが何をするかわからないので、慌てて駆け寄るわけにもいかず、僕とクリスは建物の陰に隠れながら、見つからないように食堂の傍まで近づいた。
「…ったく、酷い目に遭ったよ。足まで折られた。誰が責任取ってくれるんだい」
ここからなら、ソフィアとアランの会話が何とか聞こえる。
「調子に乗るからだよ。昨日は、僕がいないとみんなを助けられない、とか大きな口を叩いていたじゃないか」
ソフィアもいつも通り辛口だ。
「それより、少年たちは首尾よく男を倒したみたいだな。バッテリーが役に立ったところを見たか?」
アランがやれやれと首を振った。
「見たよ。あの機械はこの間、僕が魔力で充電した奴だろう?なんてひどいことをするんだと思ったよ」
本物のアランが言いそうなセリフなので、なんかイラっとした。
「まったく、男の子は怖いね」
「そうかな、僕は男の子に生まれたかったよ」
ソフィアが意外な言葉を口にしたので、僕は驚いた。
「あの子たちは、きっといつか遠くない日に、他の世界にも平気で足を運ぶようになってしまうだろう。子供ならではの好奇心と行動力でね」
「君だって子供じゃないか。体力だって、あの子たちとそう劣っているとも思えない」
「そうだね。でも僕は…」
その先は、よく聞こえなかった。
「そうだ、話し込んでいる場合じゃない。連中に渡すものがあるんだ」
ソフィアは袋から、何かを取り出そうとした。
まずい。新しい秘密兵器だったら、むざむざと敵の手に渡すわけにはいかない。
「ひとまず私が受け取っておくよ。これは何だい?」
アランが手を伸ばす。
「Qiと言ってね。非接触で充電するための強力な電磁波を出すんだ。こんな風に」
ソフィアは、袋から電源の入ったワイヤレスモバイルバッテリーを取り出し、こともなげにアランの胸に押し当てた。
すると、高電圧でも浴びたかのようにアランの体がびくんと硬直した。
「もちろん、普通の人間には何の影響もないはずだ。レイスにはどうか知らないがね」
「き、貴様ぁッッ!!」
アランは鬼のような形相でソフィアにとびかかろうとしたが、ソフィアはさっとかわした。アランはその勢いで食堂の勝手口にもたれかかり、そのまま気を失った。
それと同時に勝手口が勢いよく開き、中から大人たちが飛び込んできた。
「やっと開いた!」
「あの野郎、どこ行った!!」
みな、口々に怒声を響かせている。
アランが勝手口に触れたことで、あっちの世界につながったのだろう。
気絶したままのアランは男たちに踏まれ、足元でボロボロになっているのだが、大人たちは一瞥もくれなかっトシキ
「父ちゃん!」
トシキが郷太に駆け寄る。
「トシキ、みんな、無事か!あの男は!?」
トシキが男の遺体を指差す。
「やったのか…、お前らが?」
トシキが首を振る。
困惑する大人たちに、クリスが大声でげきを飛ばした。
「まだ終わってない!レイスはまだこの辺にいる!!」
大人たちの表情に厳しさが戻り、後方にいた大人たちは水筒に手をかけた。
大人たちは僕らを囲い込むように外向きに陣形をとった。周囲の異変を見逃すまいと見渡すが、それでわかるようなら苦労はない。
しばらくして、郷太が僕に声をかけてきた。
「…ノブヒロは?」
「母さんと一緒に、食堂で手当てを受けてる」
「何があった」
「主犯のレイスがあの男からアランに乗り移って、母さんを刺した。ワイヤレスバッテリーでそのアランからレイスを引きはがしたけど、そのまま見失ってる」
「ミライさんも刺されたのか」
郷太が驚いて僕を見た。
「…落ち着いているな」
「僕は大丈夫。それより、レイスが村に入り込んでることのほうがマズいんだ」
トシキが付け加えた。
「父ちゃん、今の状況はマジでやばいんだ。早く見つけないと、夜な夜な連続殺人が発生する呪われた村になるかもしれない」
少し想像力が弱い大人たちも、この表現は強烈だったようだ。より周囲を見張る目に真剣みが増した。
その状況を見て、ソフィアが苦言を呈した。
「レイスは、今の我々に憑りつこうとはせんだろう」
「なんでだ」郷太が尋ねた。
「我々はいま、相当数のスライムを手にしている。人間に憑依しても、見つかったらスライムをぶっかけられて終わりだ。僕ならこの場をいったん離れて、見た目から判別されにくい動物に憑依する」
「なるほど」
だが、動物となるといよいよ見つけにくい。小さな村とはいえ、犬猫や鼠、鳥だって住んでいる。
どうしようか考えていると、メルがそそくさと出てきた。
「動物のことなら、僕に任せて」
深く深呼吸をした後、メルはひときわ大きな雄たけびを上げた。犬や狼のような雄たけびではない、形容しがたい鳴き声が、村中に響き渡った。
「…どんな下ネタだ?」とトシキが尋ねると、
「下ネタじゃないよ!」と強く否定した。
「全員集合をかけた」
「?」
「すぐにみんな集まってくるよ」
さすがに無理だろう、と思って空を見ると、早くも鳥たちが寄ってきていた。続いて住居の裏にいた犬猫や鼠が、ついにはモグラに至るまで、村にいたありとあらゆる動物たちが、ここに集まってきた。
「すげえ…」
食堂の裏にいる僕たちを包囲するかのような彼らの視線には、感動を通り越して恐怖すら覚えた。
「感心してないで、テイムが効いてるうちに、ここに集まってこない動物を探して」
はっとして、慌ててもう一度辺りを見渡すと、運よく一匹のカラスを見つけることができた。反対方向に飛び去ろうとしている。
「いたぞ、上だ!」
そのカラスは、時折何かにぶつかりながら、上へ上へと昇っていく。
「結界にぶつかって出られないようだけど、まずいな」
ソフィアがつぶやいた。
「ロビンはかなり高くまで結界を張ったようだが、どこまでも続いているわけではないはずだ。あのままでは上から逃げられる」
その通りだ。あそこまで高いと、スライムを投げてぶつけるわけにもいかない。
ここまで来て、逃がしてしまうのか。
誰もが諦めかけていた、その時だった。
「おーい」
上空から声がした。
足元の地面が、突然さっと暗くなった。
ばさっ、とひと際大きな羽ばたきが聞こえ、僕らは真上を見た。
そこにいたのは、あの巨鳥だった。
僕は太陽に気を付けながら、目を細めて確認した。
背中に、イドが乗っている。
「イド!」
どこから手に入れたのか、丸いサングラスをかけたイドが、巨鳥をうまく操ってレイスに憑依されたカラスに近づいていく。何か大きな容器を抱えている。
「うかつに近づくな!乗っ取られるぞ!!」
言ったか言わないかくらいのタイミングで、カラスは空中で向きを変え、巨鳥の背中のイドに向かって突進し始めた。
突進してくるカラスに向けてイドが意地悪く笑い、容器のフタを開けて見せた。
「これ、なーんだ?」
見なくてもわかる。大量のスライムだ。
慌てて進路を変えようとするカラスに、イドがスライムを勢いよくぶっかけると、そのまま空中でスライムが丸く収縮した。そしてその後の変形を待つことなく、レイスはスライムごと自由落下し、グラウンドに激突した。
僕らは落ちていくスライムを急いで追いかけ、グラウンドにたどり着いた。
夏の終わりのグラウンドのマウンドあたりで、スライムに吸収されたレイスが、懸命に何かを形作ろうとしている。
その傍らに、誰かが立っている。夏の日差しを受けて、両腕の鱗がきらめいている。
「…じゃあな」
ラグナがひと際おおきな火炎を噴きかけた。最初に見た時より、何倍も大きな炎だった。
強力な火炎に包まれたスライムとレイスはつんざくような断末魔を残し、やがて跡形もなく消え去った。
スライムが消えてからも、ラグナはマウンドの上を離れようとしなかった。
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