第52話 決戦(2)

「ヨウタ!」

 クリスが叫んでいるのが聞こえるけど、僕の心は折れかけていた。

 父さんも、母さんもやられてしまった。もう無理だ。足が動かない。


「頭を下げろ!」

 簡潔な指示にはっとして、よくわからないまま、とにかくしゃがんだ。

 すると、僕の頭の上を何かが通過していった。

 そのまま男の胸に当たり、同時にすさまじい火花が散った。

「ぐあッ!!」

 男は昏倒し、動かなくなった。

「効いた!けどたぶんすぐ起きる!!」

 クリスが叫んだ。

「これはなんだ、クリス!」と訊ねた僕に、クリスは

「漏電させたバッテリーだ!」と答えた。

「ソフィアに持たされたんだ!万が一の時にぶつけろって!」

 たぶんレイスは高電圧を食らったせいで、一時的に体から離脱したのだろう。すぐに復活してもおかしくない。


「急いでノブヒロたちを食堂に運び込むぞ!」

 そうだ。怯えている暇はない。男が復活する前に動かないと。

 隠れていたトシキと三人で、父さんと母さんを食堂の中に移動させた。二人とも防具をつけていたので酷く重かったが、何とか隠すことが出来た。


「さっきのが効くのなら、村長の雷撃で何とかならないのか?」

 僕が尋ねると、クリスは乱れた息を整えながら答えた。

「だめだ」

 クリスは男を見ながら言った。

「二度目は、雷撃の瞬間に離脱してしまうだろう、って」


「彼女は、他にも何か言ってなかったかい?」


 不意に声をかけられて、ぞくっとした。

 声の主は誰だ。

 視界の中のあの男は、まだ僕の目の前に横たわったままだ。なのに後ろから聞こえるこの声からは、先ほどと全く同じ悪意を感じる。

「例えば、他の仲間にとりつかれると、さらに厄介だぞ…とか」

 振り返ると、声の主はアランだとわかった。

「アラン…?」


 アランは折れた足のまま、壊れた人形のような不自然さで直立していた。

 もう疑うべくもない。レイスは気絶していたアランの体に乗り移ったのだ。いざというときに勝手口を開けてもらうために、アランをこの場に残しておいたのが裏目に出た。

「ああ、まったく…この男の心は、恨みでいっぱいだぞ」


「向こうの世界では白い眼で見られる、男たちに土足で家を踏み荒らされる、ついには足まで折られて、踏んだり蹴ったりだと」

 アランの体を借りて、まるで本人みたいなことを言う。

 だが早いところ決着をつけないと、アランの命も危うい。このまま憑依され続けると、そのまま心停止してしまうかもしれない。


「いったん、逃げよう」

 僕はクリス達にそう言った。いかにレイスが肉体的リミッターを解除するとはいえ、あの折れた足では素早く動けないはずだ。

「走れ!」

 同じタイミングで、トシキ、僕、クリスの三人が同時に駆けだした。やはりクリスが一番速くて、どんどん離される。だが、足の折れたアランよりは僕らのほうが速かった。ラグナたちが身を寄せている民家の前まで来たところで振り返ると、アランの姿をしたレイスは、僕らを追うのを諦めたようだった。


「ひとまず助かった」

 物陰で、息を整える。

 だが、クリスが「いや、まずいぞ」と言った。

「あそこにいたら、そのうち食堂を襲うか、それとも勝手口を抜けて向こうの世界に向かうだろう。レイスがうまくアランの体を操れていない今のうちに、何とかしないと」

「くそっ」トシキが舌打ちする。

「それに、アランだと思って油断して近づいた人が犠牲になるな。人質を取られるかもしれん」

 郷太達はおそらく扉の向こう側にいるんだろうが、アランがあの状態だから戻って来られない。洞窟から戻ってきたとしても、数時間はかかってしまう。


「奴がいるのか」

 突然話しかけられ、びっくりして声を上げそうになった。ラグナが住居から出てきたのだった。

 僕らはアランを指さした。

「いまはアランに憑いてる。大人たちもあれじゃ戻って来られない。このままじゃマズい」

 アランの様子を見たラグナが、奥歯を噛みしめる。

「くそっ、奴はすぐそうやって誰かを盾にするんだ。村じゃそうやって同胞が何人も殺し合いになった」

 ラグナが昨日、そんな地獄のような戦場にいたのだと思うと、いたたまれなくなった。


「ん?…おい、あいつ誰だ」

 ラグナが食堂のほうを指さした。

 僕らが慌てて目を向けると、ソフィアが無防備にアランに近づいていくのが見えた。

 僕の顔から再び血の気が引いていくのが分かった。

 ソフィアは、アランが憑依されていることをまだ知らない。

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