第49話 救出(3)

 一度解散して各々身支度を整えてから、大人たちと僕らはまた食堂に集まった。


 村長への報告は父さんから行われた。

「まずスライムを使った作戦の成果だが、これはかなり効果的だった」

 それを聞いたソフィアが胸をなでおろすのが見えた。やはり付け焼刃の作戦への不安はあったのだろう。

「魔物はレイスのせいでどいつもこいつもかなり凶暴になっていて、力もかなり強かったが、スライムをぶっかけたらレイスはスライムのほうに吸いだされてしまって、魔法や炎、それにギムリの剣の呪符の効果で簡単に倒すことが出来た」


「レイスが抜けた後の魔物はどうなった?」

 郷太が村長の質問に答えた。

「その場で動かなくなるのが多かった。やはり魔物も、レイスに憑かれた時点でほとんどがすでに死んでいたのだと思う。だが、ギリギリ死んでいない魔物もいた」

 レイスに憑かれた時点で死んでしまうわけではない、ということだ。

「また、あの場所にはレイスに憑かれていない普通の魔物もいた。そいつらは強い魔物に引っ張られて行動を共にしていただけだと思う。今は敵意もさほど見せず、野生動物のようにウロウロしている」


「すみません」

 大人の中から誰かが手を挙げた。

 リアの母親・ユミだった。

「すみません、無理なお願いかもしれないんですが、魔物たちをもう一度こちらの世界に戻してあげることはできませんか?」

 一瞬、食堂がざわついた。


「そりゃ…なぜだい?」

村長が尋ねる。

「ヘルハウンドを見ていただいてもお分かりのように、魔物と言われていますが、彼らの本質は特殊な能力をもった野生動物です。他の世界では受け入れられなくても、この世界では共存していけるのではないでしょうか。森で暮らしてきた立場からの意見にすぎませんが…」

 難しい問題だと思った。ケラ子のように、怖い思いをした人間だっているはずだ。僕達の世界だって、完全に野生動物と共存できているわけではない。


「俺は賛成だ」

 守衛のロビンが手を挙げた。

「別にユミさんの意見だからというわけではないが」と前置きしたうえで、ロビンは話し始めた。多少冷やかしの視線が注がれたが、意に介していないようだった。

「あっちの世界で魔物を受け入れるのは、この村の外で受け入れるよりはるかに長い時間がかかるだろう。今の戦争状態を早く終わらせるためにも、ひとまずここに隔離したほうがよいと思う。レイスに憑かれていなくてもかなり凶暴なのがいたら、処分しないといけないが…」


 しばらく議論が続いたが、結局ロビンがこれまで通り、村の結界を維持してくれれば問題ないだろう、ということに落ち着いた。

「では、明日はヘルハウンドにも力を貸してもらおう。協力して、洞窟に追い立ててもらう。牧羊犬みたいな真似をさせてしまうことになるが…」

 ロビンがユミの様子を伺うと、ユミは「そういうの、彼らは得意だと思いますよ」と笑って答えた。


「では、明日も同様に、スライムを使ったレイスの駆除を行うことにする」

 解散、と村長が言おうとしたところで、父さんが慌てて制した。

「ごめん、あと一つだけ。例の男だが、どうやら取り逃がした」


 食堂がしん、と静まり返った。

 思い出したくなかった、という雰囲気が大人たちの間に漂う。

「あの男に憑いているレイスこそが、今回の首謀者のはずだ。我々の行動を見て雲隠れしたのだろうから、対策を練ってくるかもしれないが、明日こそは何とか駆除したい」


 ばん、という音とともに、ラグナが突如立ち上がった。

 驚いてみんなが注目する。

 何をするのかと思ったら、ラグナはそのまま部屋の中央に移動し、大人たちに向かって深々と頭を下げた。

「竜人族を代表して、一言言わせてください!みなさん、今日は本当にありがとうございました!」


 大人たちは困惑して顔を見合わせたが、ラグナは頭を下げたまま言葉を続けた。

「我々の一族のためにご尽力くださり、感謝の言葉もございません!ご迷惑をおかけしておりますが、なにとぞ、明日もよろしくお願いします!!」

 普段のぶっきらぼうな態度とは全く異なる、つたない敬語でラグナは礼を述べた。

 呆然と見ていると、後ろから僕らにカグラが話しかけた。

「ラグナは、私たち竜人族の長になったのよ」

 ラグナを見るカグラの視線が、川遊びの頃とは違って見えた。もう一度ラグナを見ると、僕の目にも、以前の落ち着かない感じはなくなっていた。


「新しい族長として、恥を忍んでお願い申し上げます!あの男を、あの男を止めるために、我々に、我々の世界に、どうぞご協力をお願いいたします!」

 前に本人が話してくれた通り、ラグナはビッとした男になっていた。

 こんなに早くその日が来るなんて、あの日の僕らには想像もできなかったのだけれど。


 報告会が解散し、家に帰る前に、ラグナは僕らにまでも頭を下げようとした。

 僕とトシキは、慌ててそれを止めた。

「ふざけんなよ、ラグナ。俺らを何だと思ってんだ」

「そうだよ。これ以上頭なんか下げたら、絶交だかんな」

 ラグナはポカンとして「絶交って何だ」と聞くので、意味を教えてやった。

「友達じゃなくなるってことだ」

 そうしたら、それは困る、と笑った。

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