第48話 救出(2)

 大人たちを見送った僕らは、家に戻る気にもならず、食堂の勝手口の前で、ひたすら父さんたちの帰還を待った。

 トシキとすら、ろくに会話もしなかった。一方が話しかけてももう一方が上の空、という感じで、会話にならなかった。

 母さんたちは食堂の中だ。一度だけ、ケラ子が僕らの様子を見に出てきた。

「おかーさんが、お腹空いてないか聞いて来いって」


 ふと、ケラ子が母さんを「おかーちゃん」ではなく「おかーさん」と呼ぶようになっていることに気づいた。リアの影響かもしれない。

 あまり食欲ない、と言いかけたが、ケラ子の表情が気になったので「母さんたちの様子はどう?」と聞いてみた。

 するとケラ子は「なんか、落ち着かないみたい」と表情を曇らせた。

「じゃあ、少し手の込んだおやつが食べたいって言っといて」と伝えると、ケラ子は中に戻っていった。

 きっと母さんたちも、何かで気を紛らわせたいのだ。


 夕方6時。日が暮れ始めたころ、食堂の勝手口が開いた。

 ドアの前で待っていた僕たちの目にまず飛び込んできたのは、大人たちの体にかかったおびただしい返り血だった。

 父さんも、トシキの父の郷太も、装備が血に染まっている。ゲームやアニメのものとは全く異なる、生理的に目をそむけたくなる赤黒い液体が、泥や埃と混じってこびりついている。

 僕たちは息を呑んだ。


「近づくな、お前らまで血で汚れてしまうだろ」

 そんなことより父さんにしがみつきたかったが、まずは食堂に行って水を汲んできた。水を差しだすと、父さんはそれを一気に飲み干し、むせた。

 そして、「…戦闘なしというわけには、やっぱり行かなかったよ」と力なく笑った。

「向こうの世界には、初めて目にする色んな景色があったし、色んな生き物がいたよ。いつか、機会があったら行ってみるといい。きっと、それはもう少し後になるだろうけど」

 濡れたタオルを差し出すと、父さんは泥まみれの顔を拭いた。

「もう少ししたら、この甲冑を脱ぐのを手伝ってくれ。一人じゃ脱げん」

 徐々に、父さんの緊張がほぐれるのが分かった。

「お仕事、お疲れ様」

 自然に出た言葉に、父さんは親指を上げた。

「とにかく父さん達、最低限の仕事はしてきたぞ。ほら」


「…ヨウタ」

 聞き覚えのある声に振り返ると、ラグナとカグラが立っていた。


「ラグナ!」

 僕と同じように郷太と話していたトシキも、ラグナに気づいて顔を上げた。

 かなり薄汚れて疲れ切ってはいるが、ケガはなさそうだった。カグラと一緒にいるのは家族だろうか。


 ラグナは静かに、僕らに握手を求めた。

「みんなのおかげで俺たち命拾いした。ギリギリ…本当にギリギリだった。ありがとう」

 よかった、間に合って本当によかった。そう思いながら涙をぬぐっている僕を見て、唐突にラグナが言った。

「ヨウタは、結構よく泣くんだよな」

 そういえば、僕はここに来てから何度泣いただろう。

「うるさいな、友達が命を落とすところだったんだ。当然だろ」

 そういうと、ラグナは穏やかに笑った。

「そうだな。俺も、今日は向こうでたくさん泣いた。でも」

 ラグナは空を見上げた。

「俺はもう、簡単には泣けなくなった」


 そこで初めて気づいた。

 カグラの家族はいるが、ラグナの家族が見当たらない。

「ラグナ、お前…」


「ヨウタ、俺はあの男を許せそうにねえよ」

 ラグナの口調は怒気をはらんでいた。


「村にあいつが入ってきたとき、みんなは酔っぱらいかと思った。竜人族は礼儀を重んじる種族だ。たまたま歩いてた女に絡み始めたので、年寄りがたしなめた。奴は反省したふりをして、突然後ろからその年寄りを蹴った。即死だった」

 蹴り一発で殺せてしまう力があるのか。確かに父さんたちの報告にもあったが、とんでもない怪力らしい。

「傍若無人に練り歩く男の周りを、すぐに衛兵が取り囲んだ。武器も使ったし、炎も使った。だが奴はそれをすべてかわし切って、全員を素手で殺した。さらに、そこに他の魔物もやってきて、村の真ん中で好き勝手暴れ始めた。うちの親父も、兄貴も死んだ。お袋も、妹も。友達も。師匠も。みんな、みんな殺された」

 カグラはラグナの後ろで、ただうつむいている。


「俺はカグラたちを守るように親父に言われ、蔵に立てこもって隠れた。何もできなかった。魔物にみつかっていよいよというときに、おまえの親父さんがやってきて、スライムを魔物にぶっかけてくれた。そしたら、なぜか魔物が途端におとなしくなって…」

 僕はラグナに、スライムがレイスを吸い出してくれることを説明した。

「そうか、クリス…あいつ、やっぱすげえな。俺たちの一族、一生あいつに頭上がらねえよ。もちろん、お前らにも」

 素直にクリスに感謝するラグナを見て、トシキが少しびっくりしていた。


「それで、その男はどうなったんだ?」

 僕が訊くと、ラグナは首を振った。

「気が付いたらいなくなってた。いったい何者なんだ、あの男は」


 僕らはラグナに、男もレイスに操られてる可能性が高いことを説明した。すでに本体は死んでいる可能性が高いことも付け加えた。

 ラグナは一通り耳を傾けていたが「たとえ死体でも、俺はあの男を憎むよ」と言った。

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