第47話 救出(1)

 大人たちはラグナたちの世界に向かうことになった。

 だが、魔物たちが通用門として使っている洞窟は、村からも遠い。何より、戻ってきたときに、意思の疎通ができなくなってしまう。


「何だ、なんでみんな僕を見るんだ」

 みんなの視線にアランは困惑した。向こうの世界にもっとも手っ取り早く移動できるのは、いさかい食堂の勝手口、つまりアランの家につながる勝手口だ。

「そりゃ、確かに最初にみんなに知らせたのは僕だけどさ。つながっているのは僕の家、つまりエルフの村のど真ん中なんだよ?わかっているのかい?」

 抵抗するアランを、村長がたしなめた。

「エルフの村だって、奴らの侵攻は他人事じゃないだろ。ある日突然、おまえの家に戻れなくなってるかも知れんのだぞ?」

「そりゃそうだけど、何人もの異種族が一軒からワラワラ出てくるのを、どうやってごまかせって言うんだい。下手をすれば先に村のエルフとの戦闘になる。そんなことになったら、僕も村にいられないよ」

「よく考えてごらんよ。魔物とわたしら、話が通じるのはどっちだい?」

 アランはそれでも言い訳を探そうとしたが、村長はそれを待たず、

「それとも私が行こうか?この私が生きてるとなれば、それこそ大騒ぎだろうが」

 というと、アランは言葉を失った。

「わかったよ。村長に出られるくらいなら、何とかごまかすよ」

 一体、エルフの村と村長にどんな因縁があるのだろう。いつか聞いてみよう。

「決まった。それじゃ各自、身支度をして、食堂に集合だよ」


 集まった村人に対し、戦闘に行くわけではない、と村長は大人たちに釘を差した。

「あくまで、向こうの世界の連中にレイスの存在を知らせて、スライムを使った戦い方を指南するだけじゃぞ。こっちはたった十人ぽっちじゃし、戦いに縁のない人間が大半じゃ」

 父さんが大きく頷いた。父さんは、ギムリの用意した武具を身に着けていた。

 ギムリの弟子でもある郷太にあの装備について聞いてみたが、重さを軽減する呪符のようなものは施してあるものの、基本見たまんまの金属の剣と防具らしい。さすがに丸腰で行くわけにもいかないから用意したが、俺たちはあくまで非戦闘員だ、とのことだった。

「言葉も通じないじゃろうから、アランも同行させる。アランは念話が使えるので、最低限のコミュニケーションはできるが、基本的に向こうの世界では仲間同士であっても言葉が通じない。間違っても向こうの住民に敵とみなされることのないように」

 アランが苦虫をかみつぶしたような顔をして「本当に頼むよ」と言った。その困り顔が面白かったのか、大人たちは表情を崩した。


 クリス達が、たくさんの水筒とペットボトルを持って食堂に入ってきた。

「おまたせ。出来る限り採ってきたので少し遅くなった」

 水筒の中身はスライムである。コアを含む最低限の大きさにカットして、水筒に入れて蓋をしてある。水筒の足りない分はペットボトルを使ったが、中身が見えるので少し怖い。

 これを魔物にぶっかけて、レイスがスライムに吸い寄せられて出られなくなったところを雷撃で仕留める。竜人族は炎を出せるので、燃やすのでもよいだろう。

 ただ、使い方を正しく伝えることが出来なければ、ただのレベルの高い嫌がらせである。

 そこは、リアとケラ子が解決してくれた。

 リアが水筒と一緒に配り始めたのは、コピー用紙に印刷した、この水筒の使用法だ。文字が分からなくても理解できるよう、マンガにしてある。若干目が大きいが、上手に描けていると思った。下手なコマはケラ子の描いた部分である。


 すでに午後三時を回ろうとしていた。急がないと、夜は魔物との戦いに不利になる。

「それでは、健闘を祈る!」

 村長の号令が響き渡り、大人たちは食堂の裏に向けて歩き出した。

 それぞれに、心配した家族が駆け寄る。僕も父さんに駆け寄った。

「父さん、やっぱり僕も」

「絶対にダメだ。ここで待つんだ」

 何度訊いても同じ答えだった。大人たちは、僕ら子供を連れていくことを決して許してくれなかった。

「でも、ラグナたちが…」

 父さんが、食い下がる僕の両肩をがっちりと掴んで言った。

「いいか、襲撃の報告から、すでに一日近く経過している。向こうの世界に入ったとたんに、死体の山を見ることになるかもしれない」

「だけど、少しでも」

「お前は!」

 少し間を置いて、父さんは言った。


「お前は、友達の死体を見る覚悟はできているのか?」


 答えられなかった。

 怯えの色が差した僕の顔を見て、父さんは僕を抱き寄せた。

「大丈夫。ラグナたちだって、俺たちよりもずっと厳しい世界で生きてきたんだ。友達と、父さんを信じろ」


 父さんの肩ごしに、トシキと郷太の姿が見えた。

「親父、絶対に無理すんなよな」

「大丈夫だ。うまくやるさ。いざとなったら、ノブさんに全部押し付けて逃げてくるわ」

 父さんが振り向いて、なんだとこの野郎、と笑う。

 僕は、泣き笑いのトシキの顔を見ないふりをした。

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