第45話 戦争(4)

 インターネットで調べたところ、イタリアの発明家であり起業家でもあった侯爵グリエルモ・マルコーニは、無線電信の開発で有名な人物だった。船舶無線からラジオ、短波、UHFに至るまで、様々な周波数帯の無線を使って多くの発明品を生み出した彼は、ドイツの発明家フェルディナント・ブラウンとともに、ノーベル物理学賞を受賞している。一方、特許問題や贈賄事件など様々なトラブルを抱えた人物でもあったようだ。晩年のマルコーニはファシズムに傾倒し、心臓発作で亡くなった、と記されている。


 僕はWebページをプリンターで印刷し、封筒にまとめて、勝手口に向かった。

 思い付きで調べてみたものの、あの男とマルコーニの間に、共通点などあるのだろうか。まあ、自分には思いつかなくても、みんなで考えれば何か発見があるかもしれない。


 勝手口から村に入り、後ろ手でドアを閉めようとして、何かがドアに挟まっている感触がした。振り返ると、ソフィアがコードリールから伸びた電源プラグを、うちの勝手口に挟み込んでいた。

「何してる?」

「別に、何も。何の問題もないよ」

 ドアの前に立って、挟み込んだコードを必死に隠そうとする。

「電気が欲しいのはよくわかった。でも無断で他の家に入り込もうとするのはアウトだろ」

「いやいや入り込もうだなんて滅相もない。私はただ、もしかしたら君の家の誰かが、あれ?コンセント抜けてるなあ、と思って手近なコンセントに差し込んでくれないかなあ、って…」

 口はペラペラと動いているが、ごまかすつもりは一切ないようだ。図々しいというか、何というか。

「村長のソーニャに会ったよ。君はあの人の孫なんだって?」

 ああ、と彼女は頷いた。

「耳の形が尖ってるのがばあちゃんで、丸いのが私だ。珍しくもめ事に顔を出したのか」

 珍しいのだろうか。うちの家族の様子を見る限り、余計な口をしょっちゅうはさんでいそうな感じだったが。

「そういえば、アランと君は、今朝物騒なことを話していたな。どうなった?」

 言われて思い出した。油を売っている場合じゃない。

「そうだ、急いでるんだった。電気なら、あとで一緒にいる時なら少しくらい使っていいから」

 電源コードを差している間は、ドアが半開きになってしまう。さすがに放置して去るわけにはいかない。電源コードをドアの隙間から取り出し、ドアを閉めて振り向くと、ソフィアは僕が地べたに置いた封筒から先ほどの印刷物を取り出して読んでいた。

「ちょ、返せよ。急いでるんだってば」

 取り返そうとする僕をひらりと躱して、ソフィアは悠然と言った。

「マルコーニか。偉大な発明家だね。私も調べたことがある」

「120年前にここで起こった魔物の襲撃の関係者なんだってね。村長が言ってた」

 ソフィアの眉がぴくり、と動いた。

「そうなのか?それは知らなかった」

 そういうなり、ソフィアは自分の世界に入ってしまった。

 僕は封筒を取り返そうとしたが、彼女は考えに浸りながら何度も僕の攻撃を避け続けた。完全にあしらわれている。


「…そうか!だとすると、やはりレイスは…」


 レイス、という単語を聞いて、今度は僕が動きを止めた。その唐突さに今度はソフィアが驚いてバランスを崩した。

「…ユウタ?」

 僕は興奮して、勢いでソフィアの両肩を掴んだ。

「ソフィア、そういえば君は今朝、電磁波と悪霊がどうこう言ってたよね?何か知ってることがあるの?」

 ソフィアはびっくりした顔でこちらを見ている。

「あ、ああ。私は前々からこちらの世界の存在と、我々の世界の電子機器について研究していて…」

「これから僕と一緒に、皆のところに来てほしい」

 多少強引だと思ったが、僕はソフィアの手を引いて、食堂に向かった。


 僕が家に戻って、ネットの情報をプリントアウトして戻ってくるまで、大体一時間くらい経っていたと思う。中に残っていたのは、うちの家族と村長、そしてトシキたち以外には数人だった。

 食堂の扉を開けると、皆の視線は一斉に僕とソフィアに集まった。

「さっきのマルコーニの話なんだけど、ちょっとこの子の話を聞いてくれないか」


 村長が振り返って眼鏡の縁を上げた。

「おや、ソフィアじゃないか」

 改めて村長と見比べたが、本当にそっくりだ。よく見ると、村長の耳の形はアランと同じように横に尖っているくらいで、年齢的な差もないように思えた。

「なんじゃ、電気を確保できんかったのか」

「そうなんだ。すまない、ばあちゃん」

 村長も知ってたのかよ、とツッコミを入れる時間も惜しい。

 僕は無視して、要点だけを話した。

「発明家グリエルモ・マルコーニについて調べたら、無線を発明した人だった。で、さっきこの子と家の前で会って、無線とレイスの関係について何か知ってそうだったから…連れてきた」

 一気にまくしたてたが、さすがに唐突すぎてみんなポカンとしていた。

 どこから説明しなおすべきかと思っていたら、クリスが手を挙げた。

「無線って何だ?」

 イドも頷いた。


 無線については、うちのばあちゃんがうまいこと説明してくれた。

「わしらの世界の技術の一つで、離れたところに見えない信号で言葉を伝える機械があるんじゃよ。使うのに電気が必要じゃから、この世界では誰も使ってないがの。これを使うと、離れたところで話が出来る」

 ほお、と村人の間から言葉が漏れた。

「まあ、一言で言えば、念話ができる機械じゃな」

 村長が補足すると、村人から「おおお」と大きな声が聞こえた。

 一方こっちは逆に「おおぅ?」という感じになった。念話って何だ。


「ここからは、私が説明しよう」

 ソフィアが前に出た。

「私は、私の世界の電子機器が、この世界でどれだけ同じように動くのか興味があった。そこで、様々な電子機械を持ち込んで、動作確認をしていたんだ。ほとんどの機械は、こちらの世界でも何の変りもなかったんだが、ある機械を起動していたところ、しばらくしてアランが私の部屋に飛び込んできた」

 ソフィアは大げさな手振りで説明する。

「アランは慌てた様子でこう言ってきた。

『ソフィア、大変だ!村の結界に、びっしりとレイスが貼り付いてる!!』。

 アランは、レイスが少しだけ視えるんだ。

 その時動かしていたのが、携帯電話。いわゆる小型無線機だったわけさ」

 ソフィアが僕に視線を向けた。

 僕は相槌を打つのを促された気がして、聞き返した。

「つまり、無線を使うと、レイスが呼び寄せられるってこと…?」

「そういう相関関係があるんじゃないかと思って、いろいろ研究していたわけさ」

 やや乱暴な説明だと思ったが、電波とか周波数とか言われたところで、どうせ彼女にしかわからないだろう。

「コウタの話を聞いて、ピンと来たんだ。当時は今のように村の周りに結界もなかったはずだ。なのにその男だけがレイスに憑かれたのか、ずっとおかしいと思ってた。もしその男が発明家マルコーニなら、この世界に色んな機械を持ち込んで研究していたとしてもおかしくない。彼の持ち込んだ無線機がレイスを呼び寄せ、憑りつかれたのではないかと」

 なるほど、筋は通っている、気がする。


「レイスを彼らから引き離すことが出来れば、魔物たちの進軍を止められるかな」

 僕は、一番聞きたかったことを聞いた。

 村長は静かに言った。

「可能性はある。じゃが、引きはがせれば、の話じゃ」

「無理かもってこと?」

「さっきも言ったが、レイスは死体をも操る。生きたまま切り離すことが出来るかどうかは、何の前例もない」

 確かにそうだ。


 クリスが手を挙げた。

「前例がないなら、試してみればいい」

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