第44話 戦争(3)

 昼休憩をはさんで食堂に再び集まった村人は、やはり午前中より減っていた。


「…ということで、村長の意見も聞くことになった」

 父さんが渋々と村長を紹介すると、ソーニャは村の人たちを一瞥して吐き捨てた。

「村長の判断にゆだねる、じゃろが。好き勝手ばかりしおって」

 父さんは不満そうに目を背けた。


「というわけで、最近村ですっかり影の薄い村長様じゃが、ありがたい話をしてやるわい」

 こういうキャラクターを最近の漫画では「のじゃロリ」というのだったか。

「いまから百二十年ほど前のことじゃったが、やはりこの世界から他の世界に魔物を引き連れて攻め込んだやつがおった」

「質問」

 トシキが手を挙げた。

「何じゃ」

「単位は村の中では統一されていると思っていいんですか」

「翻訳と同じじゃ。自動的に換算される」

「ちなみに村長はお幾つなんですか」

「ぴちぴちの十八歳じゃ」


 少しの沈黙を経て、村長は話を続けた。

「で、多くの犠牲の果てにようやくそやつを捕らえたのじゃが、そやつはすでに死んでおった」

「死んでいた?」

 今度は父さんが訊き返した。

「操られておったのよ。さまよえる悪しき魂、レイスにの」

「レイス」

 父さんが困惑してこちらを見る。僕より早く、トシキが答えた。

「簡単に言うと、洋風の悪霊だよ。そうですよね?」

 なるほど、と父さんは独りごちた。

「レイスは、この世界にどれだけ存在するのかもわからん。どんな人間にとりつのか、人間にとりついた結果死ぬのか、死体にとりつくのかも、な。

 当時のこの世界の住人は疑心暗鬼になって、ほとんどが自分の世界に逃げた。そして残ったわずかな住人が、協力して土地の周りを結界で覆った。それがこの村じゃ」

 僕らはぞっとした。こんな狭いところに限定して住んでいるのには理由があったのだ。そんなことを知っていたら、とてもじゃないが村の外に出ようなどと言えない。


「でも、ロビンからは、一度もそんな話を聞いたことないぞ」

 大人たちのほうから意見が出た。壁を背にして話を聞いていた守衛のロビンにみんなの視線が集中し、ロビンは少し慌てた。

「無理もない。結果として、この話は後世に伝わらんかった。その後、レイスに憑かれた例は、結局一度もなかったからのう」

 僕にはその話が引っかかったが、村長はそのまま話を続けた。


「よいか、皆の衆。わしは、村のみんなに無駄死にをしてほしくない。一つの世界の出来事であれば、その世界の中だけで決着をつけるのが筋。それは、おぬしらにもわかるじゃろう」

 そんなバカな、と思ったが、今の話に違和感を感じている大人は少ないようだった。もっとも、被害を受けている当事者たちは、はなからこの場にはいない。

「じゃが、村にしばらく来なければ収まるとは限らんのも、よくわかっているはずじゃ。もしこの村が征服されて、お前らの家から魔物があふれ出したら、各自の世界でもお前らが平和に暮らしていくのは難しくなるじゃろう」

 それもまた、納得できる話だった。

「この村には、元の世界に居場所がない人間もおる。いずれにしろ、我々は何としても、奴らの進軍を止め、この男に憑いているレイスを鎮めねばならん」


「村長の話はもっともだ。奴らのような連中が自分たちの世界に入り込んで来たら、一国まるごと滅んでも不思議じゃないだろう」

 他の村人も父さんと同意見のようだった。少なくとも、今ここにきている村民は。

「そうなると、悪霊をどうすればこの男から引きはがせるか。それを考えるということで合っているか?」

 うむ、とソーニャが頷く。


「それなんだけど」

 僕は手を挙げて、みんなに意見した。

「レイスは百二十年間で、たった二度しか憑依していないんだよね?レイスが人間に憑依するには、何か特別な条件があるんじゃないかと思うんだ」

 ソーニャが僕を睨んだ。

「ほう、例えば?」

「それは、まだわからないんだけど…」

 大人たちからため息が漏れる。僕は顔が真っ赤になるのを感じた。


 だがソーニャはしばらく考えた後、真剣な顔で僕を見た。

「…いや、その線は割と早道かもしれんぞ。二人の共通点が分かれば、条件が割り出せるかも」

 ソーニャには、僕の意図が伝わったようだ。少しほっとした。


「とはいえ今のところ、どちらの人物もどこの誰だかすらわからないんだろう?」

 そういったのは郷太だった。

「いや、今憑りつかれてるほうは知らんが、百二十年前の奴のほうは知っておるぞ。確か、おぬしらの世界の発明家じゃ。名前は、そう…」

 ソーニャは少し思い出す仕草をして、答えた。

「そうじゃ、グリエルモ・マルコーニ。そんな名前じゃったよ」


 僕はすぐにその名前を店の伝票にメモして、食堂を飛び出して自分の家に向かった。

 家に帰れば、インターネットがある。会議が終わるのを待つ余裕はなかった。

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