第43話 戦争(2)
僕はアランに言われた通り、村の人間を食堂に集めた。最初にクリスとトシキを呼び、それから手分けして大人たちに知らせて回った。先日のこともあったので、大人たちの集まりはよかった。
司会の父さんは何の前置きもせず「まず、アランの話を聞いてくれ」と言った。
そして、あまり口が回るほうとは言えないアランがみんなの前に立った。
「ついさっき、僕らの暮らしている世界で大規模な魔物の進軍が始まりました。僕らの世界にはエルフのほかに、竜人族や獣人族などが属しています。魔物たちは現在、竜人族の街で交戦中です」
嫌な予感がした。竜人族のラグナも、獣人族のメルも、今朝は見かけていない。
思い切って訊いてみた。
「その竜人族や獣人族ってのは、ラグナやメルたちのことですか?」
アランはこくりと頷いた。僕はクリス達と顔を見合わせた。
「お前らの世界が大変なことになってるのはわかった」
トシキの父親の郷太が割り込んだ。
「でも、魔物自体は元々お前らの世界にも存在すると聞いている。なのに人を集めたってことは、村に関係ある話なんだな?」
「そう、そうなんです」
アランが我が意を得たりと言いたげに頷いた。
「魔物が大量に湧いて移動する現象自体は、僕らの世界ではまったく初めての事態ということでもないんです。スタンピードといって、集団で一斉に動き出し、行く先々で暴れまわる」
スタンピード。マンガで読んだことがある。日本の怪談で言うところの、百鬼夜行。
「スタンピードの場合、ほとんど通り過ぎるだけで、被害もまあ…私たちの世界の尺度では、決して多いとは言えません。ところが今回は違う。明らかに集落を狙い、集中して殺戮に走る。そして…」
「その魔物を、先頭で率いている男がいたんでしょ」
突然の発言に驚いてみんなが声のするほうを振り返った。
そこにいたのはイドだった。
「遅れてきていきなり話に割り込んでごめん。アランさんの話、たった今撮ってきたこの写真に関係あるよな?」
イドは胸元から、数枚のポラロイド写真を取り出した。
それをアランに見せると、そのままアランは声を失った。
「ああっ…まさか、そんな…」
「イド、その写真はなんだ?」
父さんがイドに説明を求めると、イドはスラスラと語り始めた。
「まあ、聞いてくれよ。今日の早朝、たまたま早起きして村を散歩してたら、あの巨鳥がやってきたんだ」
「お前、早朝誰もいないのをいいことに、時々あの鳥と遊んでるだろ。知ってるぞ」
父さんが茶々を入れたが、イドは構わず話を続けた。
「で、早く背中に乗れと急かされて、あの鳥の巣のある山の向こうに連れていかれた。そしたら、そこにこいつらがいたんだ」
イドはアランの見ていた写真を指差した。
父さんが写真を取り返して一見し、声を荒げた。
「これは…あの男じゃないか!」
山の麓の平原に集められた、数万は下らないであろう魔物たち。
その目線の先にいる、日本人と思しき男。
「ノブヒロさん、間違いないかい?」
「ああ…間違いない。あの日、ギムリの親方を蹴り一発で10mぶっ飛ばした、あの男だ」
目をひん剥いたままの父さんに、イドがもう一枚写真を見せた。
「それより、実はこっちのが大問題なんだ」
父さんの後ろから、一緒に写真を覗いた僕は息を呑んだ。確かに大問題だった。
そこには、山の中腹にあると思われる洞窟に、列をなして入っていく魔物の群れが写っていた。
「この洞窟は…」
「想像つくだろ?どこに繋がってるか」
確かに考えるまでもなかった。
かつてあの男は、ヘルハウンドに異世界への入口を与えていたのだから。
「この男が魔物を集めて、洞窟に作った出入り口からアラン達の世界に送り込んでいる。そういうことなのか…」
大人も子供も、黙ってしまった。
男の目的は明らかではないが、彼が次に僕らの世界を次の標的としない保証はどこにもない。それに、もし男が日本人だったのなら、日本に何の感情もないとも思えない。
むしろ、狂人じみた彼の行動も考えると、最終目標は僕らの世界なのかもしれなかった。
「…休憩にしよう。各自考えをまとめて、昼過ぎにもう一度集まってくれ」
父さんがそういうと、みんなも考えるのをやめ、各自そそくさと引き上げていった。
その様子を見て、午後は全員が集まることはないかもしれないと思った。
「お義母さん、どう思う?」
家族以外誰もいなくなった食堂のテーブルで、父さんがばあちゃんに問いかけた。
「おや、ここ最近は強気だったのにねえ」
ばあちゃんは父さんに軽く嫌味を言ったが、父さんは愛想笑いを返すのが精いっぱいのようだった。
「村の掟では、異なる種族の世界に出入りすることは禁忌だと聞いてる。そうでなくとも、魔物が反撃の末に日本に攻め入ってきたらと考えると、今回は俺たちだけで方針を決めるのは危ない気がする」
母さんも頷く。
「そうね。村の歴史を知ってる人の意見を聞いて、慎重に考えないといけないのは確かだと思うわ」
ふと思いついて、僕はそれを訊いてみることにした。
「村役場は?」
びしっ、と空気の凍る音がした。
そして三人とも、露骨に目をそらした。
「村役場か…」
「村役場のう…」
「村役場、ねえ…」
それぞれに嘆息するのをみて、僕はよくない提案をしたのかと不安になった。
「僕はまだ役場に行ったことがないんだけど、そもそもなんでうちの食堂が、村のトラブル相談室みたいになってるの?」
三人とも黙ったままだ。じれったくなって、さらに尋ねた。
「もしかして、そんなに使えない役場なの?」
「そんなことはないと思うが?」
入口のほうから誰かの声がした。
振り向くと、そこには先ほどの少女が立っていた。
「今日は食堂休みなのかの?」
母さんが彼女を見て
「ごめんなさい、今日のランチは、村長しか来ないと思うわ」
と言うと、彼女はほっとした顔をした。
「そうなのか。私の分だけでも作ってくれんか」
「私たち家族と一緒になるけどいい?」
かまわん、と彼女は空いているテーブルに着席した。
彼女は僕の目の前に座った。
「初めましてじゃの、坊主」
朝に会ったばかりなのに…とも考えたが、よく見ると朝の少女ではないようだった。
顔や背丈はほぼ同じだが、耳が尖っていた。また口調だけではなく何か全体的に雰囲気が異なる。
「ソフィアじゃない…?」
少女は意地悪そうな笑みを浮かべた。
「村長のソーニャじゃ。孫のソフィアには会ったようじゃな」
(孫…?)
「村長は、アランと同じ村の出身で、とても寿命が長いのよ」
母さんが補足してくれた。ファンタジー小説では、エルフは寿命がとても長いというが、アランや村長もそうなのかもしれない。
「もっとも、孫のソフィアの父親は、そっちの世界の人間じゃがな」
そういえば、ソフィアはロシア人だと名乗っていた。
「そ、そっくりなんですね」
口ではそう言ったが、実際のところ、僕は別のことに驚いていた。
ソフィアは異世界人との混血だということ。
それが不可能ではない、ということ。
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