第42話 戦争(1)
翌日、いつものように家の裏口から村に入ると、いきなり大きな爆発音が聞こえた。今出てきた建物からだ。
慌ててドアから中に逃げ戻ったが、よく考えたら爆発音がしたのは村側の建物だと気が付いて、もう一度扉をくぐり、外から洋風の建物を眺めた。
実のところ僕はまだ、うちの通用口がついている村側の建物を誰が使っているのか、何も知らない。一度気にかけたこともあったのだが、ここは両隣にも隙間なく家があって、表に回るのが面倒だったので、そのままにしていた。だが、爆発となれば話は別である。
思った通りかなり面倒くさかったが、数軒の建物を回り込んで、家の表側まで走った。そして「大丈夫ですか!」と大声で叫びながら、玄関をドンドンと叩いた。
せき込みながら出てきたのは、中学生くらいの白人の女の子だった。眼鏡をかけて、白衣を着ている。金髪と青い瞳が、北欧系の人種を思わせた。
「心配いらない。大丈夫、よくある。何でもない」
「そう?それならいいけど…」
って、なにも良くない。
「いやいや、爆発音してたよね!?君は誰?ここで何してるの!?」
「君は誰…って、君こそ誰だい」
蒼い眼、といってもジト目だが、警戒心たっぷりにこちらを覗き込んできた。
「僕はユウタ。この家の勝手口が、うちの勝手口とつながってるんだ」
彼女は、ああ、と手を叩いた。
「食堂のご夫婦の息子さんか。あそこのご飯にはよくお世話になっている。私はこの家に住んでいる、ソフィアという。出身はロシアだ」
彼女はさっと手を差し出して、握手を求めてきた。僕もよくわからないうちに応じてしまったが、これまで村で彼女の姿を見かけたことは一度もない。
「よろしく。で、さっきの爆発は何」
「スライムにベーキングパウダーを混ぜて焼いたら爆発した。以上」
うそつけ。
「母さんに訊いてくる。勝手口の建物でロシア人が怪しげな実験してるけど何者?って」
「まあ、まてまて」
ロビンと同様、母さんの名前を出すと彼女はとたんに動揺した。
「君の母君はだめだ。シャレにならない。そうだ、まずは父君に訊いてみたまえ」
なんで父さんならいいんだよ、と言いかけてやめた。
ソフィアは、部屋の中を一度振り返って、ため息をつきながらもしぶしぶ僕を家に招き入れた。
家の中にはたくさんの研究機器と思しきものが並んでいた。科学実験のための試薬や実験器具、機械工作のための工具や旋盤、それにPC。
壁際の実験台の周辺が黒ずみ、消火器の薬剤が飛び散っている。すでに消火は終わっており、延焼の心配はなさそうだった。
「いったい、ここで何をしているの?」
「趣味の研究だな。向こうの世界でできないことを研究してる」
「例えば?」
「そうだな…。例えば今は、魔法でリチウムイオン電池を充電できないか実験してる。こちらで魔法を使える人に昨日手伝ってもらって、せっかく100%までモバイルバッテリーを充電してもらったんだが、スマホにつないだらなぜか爆発してしまった」
なんだか、微妙に面白そうなのが悔しい。
「私たちの世界には魔法がないし、エルフたちの世界には電気がないけど、ここには両方あるからね。他にも、電磁波と悪霊の研究なんてのもあって…」
「いや、そうじゃなくて。君は、ロシアの極秘研究員か何かなの?」
訊きなおすと、ソフィアはやっと質問の意図を理解してくれた。
「いやいや、そんな物騒なものじゃない。冬は外を出歩けない森の中に住んでいるので、両親が家に自前の実験室を作ってくれたんだ」
いやいや、ものすごく物騒なご家族だろう、それは。
「ここの機材はまあ、闇市やネットオークションで買ったり、日本からなぜか新品で流れてきたりしたものを持ち込んでる。D.I.Yって奴だ」
「Do it yourselfのDoの適用範囲は、ふつうそんなに広くないと思う」
「この白衣も、日本のコスプレグッズだ。なぜか眼鏡もついてきた。かわいいだろう?」
返答に困った。かわいいのは確かだけれど、相当変わり者のようだ。
「とにかく、火事だけは起こさないでくれよな」
言い訳に納得の余地は何もなかったが、納得したふりをした。
この建物がなくなったところで、この村のどこか別の建物の勝手口から戻れるようになるとは思うが、ドアをくぐったとたんに大やけどというのは勘弁してもらいたい。
「ご近所さんの言うことだ。善処しよう」
まるであてにならないが、言うだけのことは言った。
最後に、どうしても聞いておきたかったことを確認して終わりにしよう。
「ところでここにある設備って、電源が必要なものが結構あるよな?」
「う」
「いま思い出したんだけど、さっき勝手口でけつまずいて、足元をみたら、コードリールがあったんだ。こっちじゃ電気使えないのに、おかしいなと思ってさ」
「へえ、おかしなこともあるもんだね」
ソフィアが窓の外を見ながらわざとらしく口笛を吹き始めた。
「お前…もしかしてうちから電気を」
盗もうとしてないか、と言い終わらないうちに玄関から大きな音がして、誰かが部屋に飛び込んできた。
エルフのアランだった。珍しく息を荒げている。
「や、やあ!アラン!待ってたよ。この間は充電の実験に付き合ってくれてありがとう」
この機会に話をそらそうとするソフィアだったが、アランはそれを無視して僕のほうに向かってきた。そして僕の肩を強くつかみながらこう言った。
「ユウタ君、君に頼みがある。すぐに『いさかい食堂』にみんなを集めてくれないか。大人も、子供もだ」
いつも頼りなさげなアランの力とは思えないほどの指の力に、僕は思わず顔をしかめた。
「落ち着いて。いったい何があったの」
アランは、ソフィアがヒビの入ったビーカーに汲んできた水を一気に飲み干し、そして言った。
「僕らの世界に魔物が大発生して、竜人族の町が襲撃を受けている」
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