第41話 川遊び(3)
実際のところ、僕らが竜人族の二人の泳ぎに感動する時間は、そう長くはなかった。
僕らの視線に気づいたラグナとカグラが、気をよくして調子に乗り始めたからだ。
イルカのようにジャンプしたり、相手の肩に乗って空中で一回転して着水したりあたりで雰囲気が変わり、シンクロナイズドスイミングを始めたあたりで、トシキが
「や、そういうのいいから」とつっこんで締めた。
水は浅かったが、ケラ子やリアは少し怖がっているように見えた。
ケラ子の友達が戻ってきてケラ子は元気を取り戻したが、やはり僕らの遊びに気後れしている感じがある。
トシキに相談しようと振り向くと、トシキは川の上を眺めながらチャドと話していた。
「どう思う、チャド。あの枝だったらいけるんじゃないか」
「いや、けっこう揺らすから、あっちの太い枝にしよう」
チャドは、袋から何やら取り出しながら答えた。
「なんだ?何か持ってきたのか」
「うん、僕らの地元では、川遊びと言ったらこれだからね」
袋から取り出したのは、細めのロープと木の板だった。
チャドが木の板の両端の穴にロープを通し、そのロープをイドに渡すと、イドはひょいひょいと木に登り、先ほどの太い枝までたどり着いた。
「…ブランコか!」
チャドが不敵にニヤリと笑った。
ブランコは、水面ギリギリの高さに設置された。高いと乗りにくいのもあるが「乗りながら水面を蹴れるようにしないといけない」そうだ。
その理由は、乗ってみてすぐに判明した。
ブランコに乗っている僕に、みんなが一斉に水をかけてくるのだ。乗っている側は、足で水を蹴って応戦しなければならない。僕は水面に近づくタイミングで必死に応戦したが、とにかく多勢に無勢で、最終的には派手にブランコから落ちてしまった。
「次乗りたい!」
みんなが爆笑する中、ケラ子とリアが興奮気味にリクエストした。さすがに幼い二人には遠慮気味になるのかと思いきや、みんな一切の遠慮なしに水をかけまくった。
なるほど、これは小学生にも楽しめる。泳げない子供にはもしかしたらきついかもしれないが、溺れている相手にまでかけるわけじゃない。少人数なら、目を離す心配があまりない点でもよかった。
ケラ子とリアに、やっと本来の笑顔が戻った気がする。リアのことはよくわからないが、ケラ子の「ニパッ」という独特の笑顔が戻ったことは、兄として素直に嬉しい。
お約束の集中砲火を浴びたトシキが僕のほうにやってきて「夏ですなぁ」と言った。
水をかけられすぎて鼻声になっている。
「ブランコはよかったな」
というと、トシキは
「チャドのアイデアなんだ。あれなら小さい子でも遊べるって」
と答えた。それなら、ケラ子たちにも楽しめる遊びをと言い出したのは、やはりトシキのほうだったのだろう。
「ところで、ラグナたちはどうした?」
「滝つぼのほうで魚を捕ってるよ。今日の昼飯だ」
あの二人は普段から水に慣れているので、顔に水をかけられたところで、何が楽しいのかピンと来なかったようだった。
それでもカグラのほうはケラ子たちと遊び続けようとしたが、ラグナは「俺たちは魚でも採ってくるわ」と言って、カグラの手を引いて行ってしまった。
今日のラグナが何を考えているのか、僕にはわからなかった。
ひとしきり遊んだ後、ユミに呼ばれて岸に上がると、たき火で焼かれた川魚と、ユミが握ってきてくれたおにぎりが待っていた。
「お口に合うとよいのだけれど」とユミは謙遜したが、僕らはぺろりとおにぎりを平らげた。もちろん魚もうまかった。
「ごちそうさまでした。美味しかったです」
ロビンがさっさと立ち上がろうとするところを、ユミが袖を引いてもう一度座らせた。
「だめですよ、食べてすぐに動くのは体に毒です」
あ、これは母さんが人知れず怒ってるときと同じだ。僕は助け舟を出すことにした。
「ロビン、もう少しゆっくり話そうよ。僕も、ロビンと話す機会あまりなかったしさ」
ロビンは落ち着かない様子だったが、やがて覚悟を決めたのか、どっかりと座りなおした。
「あぁ、そうだな。…実のところ、俺ももう少しみんなのことを知らないといけないと思っていた」
そうそう。
「ある程度、村の人たちが何をする人なのか知っておかないと、警備の時に予想外のことが多くなる。野球場の時も、まさか村の反対側を伐採してるとか思ってなくて…」
早くも、話がずれてきた。真面目さが仇となって、反省の言葉ばかり溢れてくる。
「ユミさんたちがあんなに村の近くに住んでいることも知らなかった。言葉が通じなくても、普段からちゃんと仲良くしていたら、俺を頼ってきてくれたかもしれない。これからはもっと村の人たちと交流を…」
「ロビンさん」
とうとうユミがロビンの言葉を遮った。
「これ、おにぎりって言うんですが、これまで食べたことありました?」
えっ。
「たぶん私たちの国の食べ物は、いさかい食堂とかで多少食べてると思うんです。お米も、食堂のメニューにありますものね。でも、おにぎりは食べたことがないんじゃないかと思って。どうでした?」
ロビンは何故話を遮られたかわからず、少しきょとんとしていたが、そのうちぽつりぽつりと話し始めた。
「そう…ですね。お米を、こんな風に固めたのは、おにぎりというんですね。単純に、携帯用に丸めたものだと思い込んでいました。そうか…おかずも入っているし…」
ユミがにっこりと笑った。
「そうなんですよ。おにぎりという、日本の料理です。私たちもしばらく貧しかったので、握るなんて久しぶりだったんですけどね。今日は育ち盛りの子供も多いということなので、少し大きめに作りました。でもロビンさんには、どれくらいの大きさがいいのかわからなくて」
ロビンはやっと、ユミの配慮に気づいたようだ。
「あ、いえ、あの、大きさもちょうどいいです。量は、もう少しあると嬉しいです。特に美味しかったのは、この酸っぱい赤い実の入った奴で」
「それは、梅干しというものです。梅という木の実を干したもので…」
そこから、二人の話はだいぶ転がり始めた。僕らも話に加わり、たわいない話で楽しい食後の時間を過ごすことが出来た。
午後は、岸で話し込む二人を置いて、ラグナたちも含めてブランコ遊びをした。
クリスが、もう一つブランコを設置して空中で飛び移ったら面白いんじゃないか、などと言い出したので、あとでサーカスの空中ブランコの本を見せると約束した。
トシキと木陰で休憩していたら、ちょうど休むタイミングがカグラと重なったので、気になっていたことを訊いてみた。
「カグラさん、午前中ユミさんに何か話してましたよね」
「ん?ああ、あれ?あれはねー」
『ああいう堅物は、いつも頭の中で難しいこと考えてるんだけど、馬鹿で言葉にできないから口が重いのよ。簡単なことだけ聞いてればそのうち会話になるわよ』
「って言っただけ」
その言葉を聞いて、僕とトシキは顔を見合わせた。
「女の人って、そんなこと考えて男と話するんだ…?」
「さあね」
ラグナのほうを見ると、ブランコから放たれたケラ子のドロップキックを食らって水中に沈んでいた。僕の知ってるケラ子はこんなもんだが、ラグナも今は屈託なく笑っていた。
「…ラグナも、黙ってるときは難しいこと考えてんのかな」
口をついて出た僕の言葉を、思いがけずカグラが拾った。
「お、なかなか鋭いねー」
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