第39話 川遊び(1)

 翌日、勝手口の扉を開けると、村は雲一つない快晴だった。

 多少の増水はあるかもしれないが、これなら川遊びは実行できそうだ、と思った。


 昨晩は、ラグナのことを考えていて、あまり眠れなかった。

 ラグナと中学生の僕らを同じ年ごろとはっきり断定することはできないとしても、一緒に遊んでいた友達の口から、許嫁などという言葉が出てくるとは思わなかった。

 それはラグナがそのうち結婚して家庭を持つということであり、家族のために働くということでもある。ラグナの世界で結婚がどういうものなのか念のため聞いてみたが、やはり家庭をもって食い扶持を稼ぎ、子を産んで育てるといったことで間違いなさそうだ。カマキリのように交尾の後にメスに食べられる運命などはなかった。

 ともかく、ラグナはもうすぐ大人になってしまうのだ。きっと、クリスやメルもそうだろう。

 その点、トシキやチャドは僕と一緒でそんなに急いで大人になろうとはしていないだろう。チャドはもしかすると気球技師として早々にデビューするかもしれないが、それでも許嫁はまだいないはずだ。僕は自分にそう言い聞かせた。


 僕はいつ大人になるのだろう。

 父さんに訊いてみたいとも思ったが、父さんがいつ大人になったのかも、いまは大人なのかも、考えてみると少し怪しいのだった。


「というわけで、俺の幼馴染で許嫁のカグラだ」

 川遊びのために集まった一同は、ラグナの唐突な紹介にきょとんとした。

「はじめましてー、ラグナの許嫁のカグラでーす。今日はよろしくねー」

 カグラはギャルっぽくウインクした。

 ラグナと同じ竜人族らしく、皮膚の一部がウロコになっている以外は、ほぼ人間だ。ちゃんとかわいいし、スタイルも中高生の女子くらいだろう。

「…えーと」

 最初に反応したのはトシキだった。眼鏡を右手で持ち上げながら

「許嫁?」

 と訊ねた。

 うん、と気負いなく答えるカグラ。トシキはラグナに目を向けた。

「すこーし、お話ししようか。ラグナくん…」


 トシキはラグナの肩に腕を回し、カグラから引き離した。その周りに、僕ら子供が輪を作る。ヒソヒソ話の陣形である。

(おい、どうなってんだ、ラグナ。彼女がいるなんて初耳だぞ)

(許嫁な。竜人族は人口も少ないし、小さいうちに大体決められてるもんなんだよ)

(なんだ、そのうらやまけしからん風習は。お兄さん許さんぞ)

(だれがお兄さんだよ。ここんとここっちで遊んでばかりいたら、クレームが来てな。許嫁をほっとくとは何事だ、って。すまんが、今日だけは同行させてくれ)

(こういうのは絶対クリスだと思ってたのに、なんでお前なんだ)

(うるせえよ)


「ねえねえ、内緒話はお姉さん感心しないなー」

「うわっ」

 いつのまにか、後ろからカグラが聞き耳を立てていた。

「最近ラグナが家にいないなー、って思って叔父さんに訊いたら、何か様子がおかしいじゃない?で、昨日ラグナを絞り上げて白状させたってわけ。みんな、変わったカオしてるねー。違う世界から来てるってマジなの?」

 マシンガンのような彼女の喋りに、僕ら男子はだんだん教室の陰キャのごとく委縮してきた。そういえば、ラグナを絞り上げたって言ってたな。どさくさで。

「悪いな、カグラは昔からこうなんだ。気にしないで行こうぜ」

 カグラはラグナの言うことを意に介さず、ケラ子とリアにターゲットを移していた。

「かーわいー!ちっちゃーい!!君たちお名前はー?」

 気おされつつも自己紹介する二人をみて、少し心配になった。今日の帰りには二人ともギャル化してるかもしれん。

「お、お手柔らかにね…」

 リアの母親のユミが苦笑いしながら挨拶した。その隣で、守衛のロビンも笑っている。

「え、リアちゃんのお母さんなの?やだー、見えなーい」

 ユミが少し赤くなった。ユミとリアの体調はだいぶ回復しているようで、顔色の良さからも見て取れた。

 加えて言うなら、ユミは以前と違い、化粧をしていた。そのは主にロビンに対して効いているようで、少し背筋を伸ばしているロビンは若干いつもより男らしく見えた。


 実のところ、この川遊びの裏テーマは「ユミとロビンのデート」であったのだ。

 仕掛け人は母さんで、この村で一人で暮らすロビンとユミが結ばれれば、ユミたちの生活は安定するだろう、という計らいであった。

 もちろん母さんの子である僕らには、それがただのお節介だということも重々承知していたが、取引材料が護衛付きの川遊びだったわけだ。


「本日はわしらも同行する。よろしく頼む」

 ヘルハウンドの一匹が挨拶すると、さすがにカグラもびっくりしたようだ。

「ええー、言葉が通じるー!すごーい!!村人になると誰とでも言葉が通じるって、こういうことー!?」

 あげぽよー、とか言い出しそうだ。

「ちょっと狼っぽい…?ねえ、モフってしていい?モフって」

 返事する間もなく抱きつかれて、困惑しているヘルハウンド達が少し気の毒になってきた。


「悪いけど、そろそろ出発しよう。自己紹介は歩きながらということで」

 僕が話を切り上げようとすると、カグラは急に僕のほうに視線を向けてきた。

「…ラグナが言ってたヨウタくんって、もしかして、君?」

 意味深な言い回しに少しドキッとした。ガラス玉のような青い瞳は、人間離れした美しさだった。

「え、うん。僕がヨウタ。あっちのケラ子の兄、です」

 なぜ敬語が出たのか、自分でもよくわからない。

「ふーん…話から想像してたのとは、だいぶ違うね」

 ラグナは一体、僕のことをどう話しているんだ。


 ふと思いついて、僕はクリスのほうを指さした。

「で、あれがイケメンのクリス」

「あきゃー!ウッソマジイケメン!!すごくね!?そうだわ、イケメンで万能って言ってたのはヨウタじゃなくてクリスだったわー!ごめんねー!!」

 そんなことだろうと思った。

 無駄にダメージを負った僕がラグナを睨みつけると、ラグナはさっと目をそらした。


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