第37話 報告・連絡・相談(3)

 食堂に入ると、大人たちが待ち構えていた。

「そこに座れ」

 父さんが指示したので、僕らは並べられた椅子におずおずと座った。


「まずは、今回の捜索ではイドも見つかったし、全員無事に帰ってくることが出来た。そのうえ、行方不明になっていたリアちゃんと母親のユミさんも見つけることが出来た。すごい成果だし、よくやったと言いたい」

 リアとおばさんが頭を下げたその向こうに、イドの両親らしき二人が見えた。二人はさらに大きく頭を下げ、泣いていた。それを見て、僕らはほっとした。


「だが、当然俺たちは怒っている。それはわかっているな?」

 ハイ、と僕らは縮こまりながら小声で言った。

「まず一つ、大人たちに黙って行動したこと。魔物が危険だってことはお前らも百も承知だったはずだ。そしてもう一つ、森の中の一軒家が写っている写真を拾ったのに、ヨウタはそれを俺たちに言わなかったな」

 父さんは主に僕に向かって言っている。確かに僕はあの写真のことを父さん達に言わなかった。見せていたら、父さん達の行動も違っていたかもしれない。父さん達を出し抜きたかった?いや、たぶんそうじゃない。

 僕はきっと、ケラ子にいいところを見せたかったんだ。


「ごめんなさい。写真はおじさんたちが出発した後で拾ったんだ。リアちゃんの顔は知ってたから、俺がみんなを誘って」

 トシキが割って入り、僕をかばおうとした。

「いや、いいんだトシキ。写真はもっと前に僕が拾った。でも、父さんがみんなを仕切って盛り上げてるときに、見せても混乱させるだけだと思って、言いそびれたんだ」

 父さんが、真っすぐに僕を見ている。

「みんなを巻き込んで、いっぱい心配かけて、すみませんでした」

 僕は大人たちに頭を下げた。それをみたみんなも、僕と同じように頭を下げた。それがますます申し訳なくなって、僕はさらに深く頭を下げた。


「…というわけで、親の俺からも詫びさせてもらう。今回は、村のみんなに本当に迷惑をかけた。よく言い聞かせておくから、勘弁してやってほしい」

 ああそうか。父さんは、本当は自分こそがみんなに謝りたかったんだ。

 鍛冶屋のギムリが諦めたように「ま、いいだろ」と言い、他の大人たちも頷いたことで、僕らへの説教は終わった。


「それじゃ、ここからは情報交換だ」

 父さんが、後ろの椅子にどっかりと腰かけた。


「まず、父さん達がどうしてたかだが、火山までは順調だった」

 父さん達、本当に火山まで行ったんだ。

「で、巨鳥の巣を見つけたんだが、巣の中にいるヒナの様子がどうもおかしい。一匹明らかに鳥じゃないのが混じってる」

 イドじゃん。

 ということは、僕達がいなくてもイドは見つけられたんだ。小声でトシキにそういうと、(手塚ワールドだったんだな)と返してきた。

「で、俺たちはなすすべもなく、物陰からイドの面白おかしい様子を見てたわけだが」

 可哀そうだろ。イドの両親ちょっと怒ってるぞ。

「そこにヘルハウンド達がやってきてな。戦闘になるかと身構えたんだが、その中になぜかメルもいてな。問い詰めたら、お前らも森に入ってるって言うだろ。慌てたよ」

 メル達は捜索隊と合流していたのか。僕らのところに一匹だけ戻ってきたのは、元々はメルが「親たちがここに来るから早く戻れ」と伝えに寄越したのだろうと想像した。

「で、リアたちのいる家まで戻ってきたところで『ボス』と名乗る奇妙な男に出くわしたんだ」


 父さんはボスの特徴を話してくれた。日本人で、痩せこけた粗暴な男。ラグナとチャドの印象と同じだ。

「男が日本語で、誰かを恫喝しているのが木々の向こうから聞こえてきたから、俺たちは急いで助けに入った。俺は初対面だったが、郷太がリア母娘の顔を覚えていてな。こっちは人数も多いし、ふんづかまえようとしたんだが、捕まらなかった」

「捕まらなかった?」

「幽霊みたいに、捕まえようとしてもするりとかわされちまう。5人がかりでもダメだった。しまいにはギムリの親方が蹴りを入れられ、10m近く吹っ飛ばされる有様だ。しばらく追いかけっこが続いたが、結局にげられちまった」

 大人たちが大きくため息をついた。

「で、リアたちを保護したところで、森の木々に隠れてたラグナたちも出てきたんで、合流して戻ってきたら、イドが巨鳥の背中に乗って颯爽と飛んできたってわけだ」


 話し終わると、父さんは黙ってすっと右手を差し出し、お前の番だ、というジェスチャーをした。

 僕はできるだけ細かく話をした。

 とにかくリアの家に行けばイドの行方の情報が得られると思ったこと。

 メルがヘルハウンド達とも話をつけてくれたこと。

 リアたちが、ヘルハウンドや犬とは話ができるのに、僕らとは日本語でしか話が通じなかったこと。犬たちの所有する扉を使ってこの世界に入ってきたことが、彼女たちと村の力で話ができない原因と考えられること。僕らが一度扉をくぐって戻ってきたら、僕らもリアたちと同じように村人との話が通じなくなって、代わりにヘルハウンドと話せるようになったこと。

 そして、扉のある廃屋が崩れ去ったことで、扉が使用不能になってしまったこと。


「というわけで、ヘルハウンド…いやもしかするとニホンオオカミかもしれないんだけど、彼らは向こうの世界に出る方法をなくしてしまったんだ。こっちの村人にしてあげられないかな、と思うんだけど」

 僕が切り出すと、父さん達は一様に頭を抱えた。

「うーん、どうなんだ、それ…」

 村としては、やたらと住人を増やしたくないというのが正直なところだろう。だが彼らには、リアたちを救ってもらった義理がある。

「日本で住むところも改めて探しなおさなきゃいかんのだろう?オオカミが住めるところあるのか?」

 父さんの問いに、郷太が思いついたように「うちは大雪山の近くなんだが、かなり奥のほうに誰も来ない洞穴があったな。あそこにドアでも付けてやるか」と答えた。

 トシキが驚いて思わず声を上げた。

「親父、いいの?」

「まあ、ハンターも天敵もそれなりにいるけど、そこは頑張ってもらうしかないだろ」

 僕とトシキが顔を見合わせた。

「よかった。気に入ってもらえるといいな」

「ほんとだよ。罪悪感で死にそうだった。まあ、まずその前に…」

 廃屋がなくなって帰れない現状を、彼らに説明しないといけないんだけども。


 その後も会議は続けるようで、僕たち子供は早々に追い出された。

 それから、メルと僕とトシキはヘルハウンド達に会いに、リアたちの住んでいた家に向かった。例のボスという男がいるかもしれないので、念のため守衛のロビンについてきてもらった。

 メルを介して事情を説明すると、ヘルハウンド達とリアの飼い犬のハチは、一様に困った顔をした。リアにも見せてやりたかった。



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