第36話 報告・連絡・相談(2)

 朝食の後、勝手口から村に入ると、トシキたちはすでに食堂の前で話し込んでいた。

「あ、ヨウタ!遅いよ!!」

「いや、お前が早いんだって。昨日俺んちに着いたの夜中の十時だぞ」

「俺はもう夏休みが残り少ないんだよ。いずれお前にもわかるさ」

 思わず苦笑した。宿題もたんまり残っているに違いない。まあ、この村のことを知る前に宿題をすべて終わらせてしまっていた僕だけでなく、夏休みという概念がないラグナやメルたちにとってもしょせん他人事なのだが、黙っておいた。

「それより、昨日のあの後の話を誰か聞かせてよ。イドがあの鳥をテイムして、飛んで戻ってきたって聞いたけど」

 イドがぎくり、と顔をこわばらせた。他の連中はニヤニヤしている。

「えーと、まあなんだ?話が長くなるんだが」

 どうも武勇伝ではなさそうだ。

 イドは恥ずかしそうに話し始めた。


「お前も見てた通り、俺は気球の上で巨鳥に襲われて、連れ去られたわけだ。当然だけど、生きた心地がしなかったよ」

「うんうん、そりゃあそうだろう」

「で、ここから結構離れたところに、岩山があってな。鳥はその斜面に巣を作ってた。普通の鳥の巣を想像してくれ。木の枝で作った奴。ただし、人間の家一つ分くらいある奴で、木の枝も手首くらいの太さの、大雑把な奴だった」

 寝心地は悪そうだ、とトシキが言った。

「まあな。で、そこに向かって飛んでいくと、近づくにつれて、巣に雛がいるのが見えてきた。雛と言っても、それぞれ人間の子供くらいの大きさだ。それが5,6匹揃って口を開けてピヨピヨ言ってるんだよ。こいつら何食うんだろう、って思ったんだけど、よく考えたら『それ、俺じゃん』ってなって」

 僕はこのくだりで噴き出したが、トシキはそこまで笑わなかった。一度同じ言い回しを聞いたのだろう。厳しい奴だ。

「で、いよいよ餌として差し出されるって瞬間に、いちかばちかで服を脱いで、親鳥のくちばしから脱出した。そしてそのまま雛たちのほうに飛び込んで、必死で隙間に隠れたんだ」

「おおぅ…」

「で、親鳥も雛も一瞬黙って俺を探したんだが、やがて親鳥はすぐに次の餌を探しに行っちまった。まあ、しょせん鳥だしな。雛は雛で、俺がいても全然気にしてない。ピィピィ泣いてるだけだ」

「確かに、中身は雛鳥だしなぁ」

「そうそう。で、何回か様子を見てるうちに、俺も腹減ってきちゃってさ。親鳥も普通に果物とか持ってくるし。試しにと思って、雛と一緒にピィピィ鳴きまねしてたら、なんか俺にも餌くれるようになって」

「お前がテイムされてんじゃねえか!」

 思わず突っ込むと、皆が「それ」と声を揃えて笑った。

 なるほど、これは鉄板ネタだ。これだけ語れるネタが出来たのなら、イドも連れ去られた甲斐があったというものだろう。

「で、調子に乗って親鳥に引っ付いたり背中に乗ったりして甘えてるうちに、だんだん親鳥も『あれ?なんかコイツ違うな』ってなってきて。でも愛着湧いちゃったのか知らんけど、なんか今から餌にするって雰囲気でもなくて。結局、元の場所に返そうって思ったらしくて…。で、無事村に帰してくれました」

「帰してくれました、じゃないだろう…」

 腹がよじれるほど笑った。みんなもまた笑っていた。

 笑いが収まっても、開き直って胸を張っているイドの顔を見返すたびに、何度でも笑いが込み上げてしまうのだった。

 僕らはこの件を「イド~伝説のテイマー~」として記憶に刻むことにした。


「で、伝説のテイマーのことはこのくらいにして、俺たちが扉の向こうに行った後のことを教えてくれよ」

 トシキに言われて思い出した。

「そうだ、ドアをガンガン蹴ってた奴。どんな奴だったんだ?」

 ラグナにまず訊いてみると、

「大分痩せてたけど、たぶん俺やクリス達の世界の奴じゃないと思う。戦って強そうには見えなかったけど、ヤな大人だったな。ブチギレてるというか、危ない感じの」

 と返してきた。

 確かに、あのリアやおばさんの怯え方からも、そんな人物像が思い浮かぶ。

「あれは日本人だよ。会話も日本語っぽく聞こえたし、アジア人でもタイや中国の人ではないと思う」

 チャドが補足する。

 村の人に知られていない謎の粗暴な日本人がこの村の外で、言語の異なるもう一つのコミュニティを作っている、ということか。何のために…?


 ポンポン、と後ろから肩を叩かれ、振り向くと、クリスが話したそうにうずうずしながら目を輝かせていた。

「あ、そうだ。クリスはどうだった?うちらの世界に初めて行った感想」

「向こう言ってる間、まったく話が通じないんだもん。そりゃ話したいよな」

 トシキがやれやれというポーズをした。

「なんか!すごいもの!いっぱい見た!!」

 ものすごく興奮してマシンガンのように話すのだが、僕やトシキだけじゃなくラグナやメルにもほとんど理解されていないようだった。無理もない。彼らの世界には、車とか花火とか電話といった一般名詞そのものがないのだ。

「あとで、一つ一つ名前を教えてやるから、ゆっくり話そうぜ」

 トシキが肩をポンと叩くと、クリスはもどかしそうな顔をした。

 忘れないうちに話したい思いがあるのだろう。


 不意に食堂のドアが開き、中から父さんが出てきた。

「おう、みんな揃ってるな。そろそろ始めるから、中に入れ」

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