第35話 報告・連絡・相談(1)

 翌朝、僕はかなり早く目を覚ましていた。

 昨晩は車の中でかなり寝たし、家についてからもとにかく眠くて、トシキとクリスを裏口から見送るのが精いっぱいだった。その分だけ目覚めが早かったのだと思う。


 まだ薄暗い中、僕は庭先にでて、我が家を眺めた。

 ここのところ村のほうにばかり行っていて、こっちの世界をおろそかにしてる気がする。昨日の廃屋のことも思い出していた。人が住まない家は、ああなってしまう。

 古臭い合掌造りの民家だが、こうしてみると趣深い。普段あまり見る機会のない、の裏庭に回ってみたりもした。

 見たことのない世界を立て続けに見て、少し疲れてしまったのかもしれない。


 縁側で、だんだん明るくなる空をぼんやり見ていると、障子が開く音がした。

 ケラ子かと思って振り向くと、そこにはケラ子のパジャマを着たリアが立っていた。

「おはようございます」

「うん、おはよう」

 そうだ、すっかり忘れていた。昨日はリア母娘を泊めると母さんが言っていた。

「昨日はごめんなさい。私たちのせいで…」

「ははは、隣の県でよかったよ。もう、ケラ子と話した?」

 リアは嬉しそうに頷いた。

「本当に、すごく嬉しかったです。ケラちゃんも泣いて喜んでくれて」

「そう、よかった」

 やっぱり、ケラ子には女の子の友達もいたほうがいい。思い返すと、最近の僕らは大人に黙って森の中に入ったり、ケラ子を連れていけないことばかりだ。


「あれから、ボスって人はどうなったの?」

 思い切って聞いてみた。

「ああ、あれからすぐあの人がきて。他のみんなは無事逃げたんですけど、私たちは裏口から離れなかったので、怪しまれて」

「ああ、その人がドアをドンドン蹴ってたのか」

 リアは頷いた。そいつのせいで、廃屋は倒壊して再建不能になってしまった。

「で、結局私たちには抑えきれなくて、ボスはドアを開けたんですけど、もうあの家には繋がらなくて」

「…なくなっちゃったからね」

「え!?」

「あの衝撃で、あの家自体ぶっ倒れてバラバラになっちゃった」

 リアは絶句した。さもあらん。

「えーと…ごめんなさい、では済まないよね…?」

 リアは少しの間考えて、それから言いにくそうに口を開いた。

「いえ、私たちも、村に入れてもらえるようになりましたし、あの家にあまり思い入れはないんです。ただ…」

 わかる。飼い犬のハチと仲間のヘルハウンド達のことだ。

「あいつらは怒るよね、やっぱり」

「ですよね…」

 暫く二人して気まずそうに黙っていたが、途中から何だか無性におかしくなってきた。いかん、と思ってリアのほうを見ると、彼女も笑いをこらえている。お互いにそれが分かった瞬間、笑いがはじけた。

「だ、だめだ!あいつらの困った顔を思い浮かべたら、いかんと思いつつも…!」

「わ、私も…!あの子たち、犬のわりに表情が豊かで…!!」

 わき腹を押さえながら笑いつつリアの顔を見ると、年相応の無邪気な笑顔だった。僕はそれにほっとした。


 ひとしきり笑ったあと、僕は聞いてみた。

「あいつら、村の住人になる気はないかな?」

 リアは、少し困った顔で答えた。

「どうでしょう。気持ちを訊こうにも、私じゃもう言葉も通じないし」

 そうだった。リアたちも、うちの勝手口から村に入る以上、彼らと言葉は通じなくなっているはずだ。

「まあ、言葉が通じなくても、きっと心は通じるよ」

 リアは少し笑って頷いた。

「うちにはメル先生もいるしな」

 それを聞いた途端、リアの表情が曇った。

「メルって、あの…少し毛深い人ですか…?」

 毛深い、という表現が少し引っかかったが、そうだと答えると、彼女は急に真っ赤になって怒りだした。

「あの、ワンちゃんたちが言ってました。あの変態にだけは近づくなって。娘の教育によくないって…」

 メル…お前一体、何を言ったんだ。


 頭を抱えていると、ケラ子がドタドタと家の中を走ってきた。

「おはよう、リアちゃん!兄ちゃんも!早いね!」

 リアと比べると、ケラ子の話し方はずいぶんと幼く聞こえるように感じた。

 いや、リアが大人ぶっているだけか。

「ケラちゃん、おはよう!」

「おはよう!」

 ケラ子は思い切りリアに抱きついた。タックルみたいで痛いんだ、あれ。


 やがて、父さんと母さんが出てきた。

「おはよう、三人とも」

 父さんが挨拶すると、リアも「おはようございます」と返した。

「リアちゃん、お母さんもだけど、今日は栄養のあるものを食べて、一日ゆっくり寝ているんだよ」

「おばさん、具合悪いの?」

 僕は少し慌てた。それなら朝から笑い声を立てたりして、騒がしかったかもしれない。

「平気だけど、あまり栄養が取れていなかったみたいだからね」

 母さんが心配そうに答える。リアも顔色は昨日よりだいぶいいものの、ケラ子と比べてもかなり痩せている。

「ご迷惑をおかけします。このご恩はいつか必ず…」

「こら」

 父さんがリアの言葉を遮る。

「そういうことを子供がやたらと口走るものじゃない。ありがとう、くらいでちょうどいいんだ」

 リアは黙って頷き、小さな声でありがとうございます、と言った。

「それに、村人は助け合うものだからな。俺のような新参者がどの口で、って感じだが」

 その通りね、と母さんが意地悪をいうと、父さんは少し照れた。


「それより、ユウタ。昨日聞きそびれたことがあるんじゃないのか?」

 言われて我に返った。

「そうだ、イド!イドは見つかったの!?」

 本当は、電話の時に訊きたかった。でもあの時は警察がいたし、車に乗ったとたんクリスが興奮して騒ぎまくるものだから、疲れて寝てしまったのだ。朝起きてからも、ずっとそのことを考えていた。

「イドは、無事だよ。父さんたちが連れ帰ったというより、勝手に戻ってきた」

「勝手に…?」

「あの鳥の背中に乗ってな」

 ため息をつきながら父さんが話すのを聞いて、僕の心にある確信がわいた。

「…テイム!」

 なんて奴だ。あいつ、食われそうになりながら、あの巨鳥を相手にテイミングを試みたのか!

 僕の興奮はもう止まらなかった。すぐにでもみんなの話が聞きたい。

 だが急いで勝手口に向かおうとする僕を、父さんが両手でがっしりと制した。


「みんなからイドの武勇伝を聞いたら、全員連れていさかい食堂に来なさい。みんなからのありがたーいお説教が待ってる」

 ぎょっとして、思わず母さんに助けを求めようとしたが、一見して母さんのほうが怒っていた。

「それと報告。父さん達より、お前らのほうが知ってることも多いだろ。父さん達が見てきたことも、いくつか話しておかなきゃいかん」


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る