第33話 捜索(5)
「なんで中学生の子供が、こんな山の中におるんや」
僕たちは廃屋の外で、漁師たちに絞られていた。
頭の中で一生懸命言い訳を考えているが、まとまらない。富山の中学生と北海道の中学生と異世界の子供が、なんで山の中の廃屋にいたかって?
知らんわ、と言いたい。
「あの、僕ら、東京で悪い先輩たちと夜遊びしてたら、なんか怒らせちゃって」
トシキが怪しげな論陣を展開し始めた。僕はもう見守るしかない。
「目隠しされて、夜中に放り出されて…。あの、ここ、どこなんですか」
猟師たちは顔を見合わせた。半信半疑のようだ。
「ここは福井の山の中や。経ヶ岳のほうやな」
「福井」
福井と言えば僕の住む富山の隣だ。少しほっとした。
「で、そっちの子は、どこの国の子なんや?聞いたことない言葉やが」
猟師の一人が、クリスのほうを指した。
「さあ…僕ら、先輩の紹介で一緒に遊んでただけで。でも、責任もって家に帰します」
なるほど、だから東京で拉致されたことにしたのか。さすがはトシキだ。
「じゃが、ちぃとその坊主の目つきが気に入らん。その腰につけとるの、刀じゃないんか」
猟師が目ざとく、クリスのナイフに目をつけた。確かに、現代日本で子供が持ち歩くにはあまりにも大きく、目立ちすぎる。
「東京でどんな辛い生活を送ってるか知らんが、子供が持っててええもんとちがうで。見せてみ」
そういって猟師が手を伸ばした瞬間、クリスは猟師の腕をつかんで引き倒し、そのまま床に組み伏せた。
「うわっ」
「このガキ、なにしよるんじゃ!」
もう一人の猟師がつかみかかろうとするのを、僕とトシキが二人がかりで必死に止めた。
「ごめんなさい!たぶん言葉が通じなくて戸惑ってるだけなんです!!」
「おい、クリス!だめだ!この人たちは悪い人じゃない!!」
クリスは落ち着き払ったまま、猟師の手を離した。組み伏せられた猟師が、罰が悪そうに起き上がる。
「あいたた…とんでもねえガキや」
苦笑いする猟師に、クリスは丁寧に頭を下げた。
「&&”$(#&」
怒る気が失せた猟師たちは、改まって床にどっかりと胡坐をかいた。
「ともかく、ここは危ないで。わしら地元の猟師は熊退治に入ってるんやが、実は最近…」
「いや、それは言わんでもええやろ」
もう一人の猟師が制す。
「わしもそう思っとったんじゃが、その隅の糞の山をみてみい」
指さした先を見ると、ヘルハウンド達の糞と、明らかに新しいクリス謹製の糞があった。
「あれは多分、オオカミの糞じゃ」
僕たちは一瞬だけきょとんとしたが、すぐに首を振った。
「いやいやそれはないでしょ。ニホンオオカミってだいぶ昔に絶滅したって習いましたよ」
僕が反論すると、漁師が真剣な顔をして、
「いや、ここ数か月、この付近でオオカミの群れを見たって報告があって、地元の猟友会が駆り出されとるんじゃわ。わしらも野犬じゃろ、ってたかをくくっとったんじゃが、実際、山に入った母娘が行方不明になってたりしてな」と言った。
恐らくリア母娘だと思われるが、ヘルハウンド達はそんなにも目撃されていたのか。
「ほやさけ、一刻も早く山を降りね。そろそろ日も落ちるし…」
その時だった。
勝手口が反対側から激しく叩かれ、振動が家じゅうに響き渡った。
「な、なんじゃあ!熊か!?」
猟師たちが慌てる中、僕らは顔を見合わせた。
誰かが向こう側から扉を開けようとしている。だが、漁師たちの前で異世界への扉を開くのはいかにもまずい。
「扉を押さえろ!熊が入ってくるぞ!!」
勘違いした猟師たちと一緒に、僕らも懸命にドアを押さえた。
蹴破らんばかりの勢いでしばらく叩かれたが、やがてそれも止んで、向こう側に気配がしなくなった。僕らは猟師とともに脱力してへたりこんだ。
クリスの声に気づいて前を見た。
「$”##&%!+*<>’&’(!!」
何やら、必死に天井を指さしている。
そういえば、家全体からの軋みが少しずつ大きくなっている。
これは、まさか。
「みんな逃げろ!家ごと崩れるぞ!!」
あらん限りの声で叫ぶと、へたり込んでいた猟師たちとトシキが我に返った。
とうに割れて開きっぱなしのサッシに向けて我先に走り出し、何とか全員外に出たところで、バキッ、と何か決定的なものがへし折れる音がした。
そこから先は、けたたましい轟音と土煙に包まれ、あまりよく思い出せない。
時計を持っていなかったのでわからないが、午後六時ごろだろうか。
僕達三人は、漁師たちの軽トラに乗せてもらって麓の駐在所に向かった。
クリスだけが軽トラの荷台から身を乗り出し、周りの景色に目を輝かせる。
その後ろで僕とトシキは、リアの母親やヘルハウンド達に、勝手口ごと廃屋が崩れ去ってしまったことをどう説明しようか悩んでいた。
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