第31話 捜索(3)
「リアちゃんは、いったいどこからこの世界に入ってきたんだい?」
トシキの質問にリアが答えあぐねていると、唐突に犬が家の裏に歩いていき、陰から一人の女性を引っ張ってきた。
リアと同じくらいやつれていて、化粧もしていない。母親のようだ。
「わ、わかったわよ。離して」
女性がそういうと、犬は裾から口を離した。そして、女性がこちらを向き直って、バツが悪そうに挨拶をした。
「こんにちは。この子の母です。この家で、二人で暮らしています」
トシキのほうを見たが、母親とは面識がなさそうだった。
「こんにちは。僕はユウタ、こっちはトシキです。リアちゃんのことは、妹のケラ子…聖羅から名前を聞いていました」
「ケラ子ちゃん…村にいたときに、この子と遊んでくれてた子かしら」
「たぶんそうだと思います。突然いなくなって、寂しいと言っていました」
会話を交わしつつも、母親の反応の薄さが気になった。ずっと何かに怯えている感じだ。なぜこんなところに二人きりで暮らしているのか、尋ねようとした矢先に、ラグナが僕を後ろから引っ張った。
「おい、この人たちの話はとりあえず置いといて、イドと巨鳥のことを聞かなきゃ」
そうだった。僕らは一刻も早くイドを探し出さなきゃいけない。
「すみません、お聞きしたいことはたくさんあるんですが、僕らは今、とても巨大な鳥にさらわれた友達を探しているんです。ものすごい大きな鳥で…」
僕らは身振り手振りでどれだけ大きな鳥かを説明して見せたが、母親は首をひねるばかりだった。
「リアちゃん、君はたぶん気球を見てるだろう。イドが気球から撮った写真に君と犬が写っていたんだ。ほら」
写真を見せると、
「あの朝のでっかい奴、お兄ちゃんたちが浮かべてたんだ!」
と驚いてみせた。その様子は、年相応のリアクションに見えた。
「ほら、お母さん見て。朝から気球を浮かべて、空から写真を撮ったんだって」
母親が写真を覗き込み、少し怪訝な顔をした。僕にはそれが少し引っかかった。
「私は大きな鳥なんて知らないけど、みんなは知ってるかもしれないわ。リア、説明してあげて」
リアが犬とヘルハウンド達に何やら説明すると、彼らはメルに向けて軽く顎をしゃくった。
「ついて来いってさ」
メルが通訳すると、ラグナが歓声を上げた。
「やった!」
「先を急ごう。イドが食べられちゃう」
チャドが鼻息荒く提案する。無理もない。チャドが気球に乗っていたら、連れ去られたのはチャドだったのだ。
けれど、僕はそれを却下した。
「いや、一度戻ろう。大人たちに伝えなきゃ」
一瞬、みんな黙った。
そして、それぞれが僕とチャドの顔を見比べた。
心情的にはみんなチャドの言う通り、このまま探しに行きたいだろう。
だが、イドが攫われてこんなことになっている以上、もう誰一人行方不明を出すわけにはいかない。
「でも、大人と合流してからでは、犬たちは快く案内してくれないかも」
トシキの意見も一理ある。
「とはいえ、二重遭難は最悪だ。僕らが入っていいのはせいぜいここまでだろう。奥に進んで、犬たちより強い魔物に出くわしたらどうする?」
クリスの言うことももっともだ。
「僕が行くよ」
メルが手を挙げた。
「僕が彼らについて行って、場所がわかったら匂いを辿ってここに戻ってくる」
「そんな、メル一人に行かせるなんて、いくらなんでも…」
ラグナが心配そうに言う。
「心配しないで。彼らだって鼻が利くんだ。僕一人くらいなら、きっと守ってくれる」
チャドは不服そうに地面を見つめていたが、やがて顔を上げて、
「わかった、メル先生に任せるよ」
と言った。
メル先生はやめて、とメルは恥ずかしそうに言った。
「気をつけろよ。何かあったら大声で呼ぶんだぞ」
ラグナが心底心配そうにする中、メルは割と余裕の表情で、ヘルハウンド達と一緒に森に入っていた。
それを見届けたところで、リアの母親が
「それじゃ、中でお茶でも飲みましょう。といっても、自家製のハーブティだけれど」
と促した。
特に警戒する理由もなく、僕らは玄関から家の中に入った。
リアの家の中は相応に掃除が行き届いていたが、僕らの世界から持ち込んだ家財道具のようなものは一切なかった。
いうなれば、すべてが自家製、もしくは山中で拾ったごみのようなものばかりだった。空き缶で作った小物入れ、インスタントコーヒーの瓶に入ったポプリ、欠けた茶碗。センス良く飾られてはいるものの、貧しさを隠しきれるものではなかった。
「ここまでとは思わなかったでしょう?」
僕はそれにどう答えていいかわからなかったが、トシキはまわりを見渡し
「でもポプリはきれいですね。いい匂いがする」
と言った。
すると、落ち着きがなかったクリスやラグナも「ほんとだ」と次々に嗅ぎにいった。
リアも「私も、お母さんのポプリ好き」と照れ臭そうにつぶやき、それを聞いた母親が嬉しそうな顔をした。
本当に、トシキのこういうところは尊敬できる。
「以前暮らしていた家は、夫が亡くなった後手放してしまったの。よくない人たちに騙されて、何もかもなくなって、借金まで負わされて」
母親が訥々と語り始めた。
日本語の通じる僕とトシキは、黙って聞いていた。
「本当に、何度村に戻りたいと思ったかわからないわ。でも、家を一度手放してしまったら、二度と勝手口のあるような一軒家に住むことはできなくなってしまった。私が世間知らずだったせいで、どこに住んでも酷い生活で。とうとうリアを学校に通わせることもできなくなったの」
僕はリアのやせこけた顔をもう一度見た。
そして、ケラ子を思い出した。もしケラ子がそんな風になってしまったら、と考え、怖くなった。
「そして、これは本当に、絶対に考えちゃいけないことだったのだけれど、とうとう考えてしまったの。そうするしかない、って思い詰めてしまったのね。真っ暗な夜中にできるだけ、できるだけ人のいない山の中へ、二人で」
これは、本当に僕たちが聞いていてもいい話なのだろうか。
僕らのような子供に話して、慰めになるものなのだろうか。
それとも、誰でもいいから聞いてほしいのだろうか。
そんなことを考えながら、僕は母親の乾いた唇が動くのを眺めていた。
「そこで、ボロボロの廃屋を見つけたの。山の中の建物だけど、山小屋なんかじゃなくて。屋根のあるところで二人で終わろう…と思って入ったのだけれど、その勝手口を見たときには期待したわ。私がここを私の家だと言い張れば、勝手口から村に戻れるんじゃないかって」
そのあたりから、母親の目つきが少しおかしくなったように見えた。
狂気を帯びた、とでもいうのか。ギラギラとしつつも、無感情な目。
「でもね、やっぱり思うだけじゃダメだった。登記でも必要なのか、住民票でも書き換えなきゃダメなのかわからないけど、ここは私の家じゃない、とはっきり突き付けられたようだったわ。リアの前でも構わず、わんわん泣いた。泣きじゃくった」
「そしたらね、勝手口が開いて、そこからハチとあの犬たちが出てきた。そして私たち二人とも、襟を引っ張られて、この世界に無理やり引きずり込まれたのよ」
僕とトシキは顔を見合わせた。
「すると、この家の主人はもしかして…」
「そう、あの犬たちよ。そして、うちの飼い犬だったハチはその手下」
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