第30話 捜索(2)
捜索隊の大人たちが森に入っていくのを見届けた後、僕らはグラウンドの柵のそばに並んで座り込み、そのまま話し込んだ。そして残った大人たちの目が離れたすきをついて、柵を飛び越えて一斉に森に入った。
ばれたら大目玉では済まないだろうけど、みんな何よりも今はイドが心配だった。
「後ろから追ってきてはいないな」
「ああ。でも魔物にも気を付けないと。ヨウタ、さっきも言ったけどスライムが出てきたら…」
「わかってる」
いま僕のポケットには、ポケットナイフが入っている。工作用のものだ。
クリスが言うには、スライムには目があるという。そこを探してくりぬけば、ただの液体に戻るらしい。できれば練習する機会が欲しかったが、いざとなったらぶっつけ本番だ。森の地表には低木も茂っておらず、道はないが見通しは悪くない。だが、スライムが木の上から降ってくることがあるという。
それにしても、この僕がナイフを持ち歩くことになるなんて、思ってもみなかった。ナイフを持ち歩く中学生なんて、不良みたいだ。
頭上の木々はうっそうと茂り、昼過ぎだというのに漏れてくる光はほんのわずかだった。
「方向はあってるんだろうな?」
ラグナの問いに、メルが答える。
「合ってるはずだよ。最後にイドがカメラを向けてたのもこっちだし」
メルが方位磁石を持っていたのも意外だった。彼らの世界にも方角の概念があり、地磁気も同様に存在するということだ。
「写真の感じからも、そんなに離れていなかったはずだよな」
「人が住んでたってことは、道っぽくなってるところもあるんじゃないかな。それと、あの犬がいたところに近づいてるってことは…」
僕らは周囲に獣の気配を感じ、足を止めた。
「やっぱりナワバリだよな、奴らの」
ラグナがため息をつく。
「たのんだぜ、メル」
「やってみる。説得できなかったら、クリスとラグナこそ頼んだよ」
クリスが腰の短剣に手をかける。
ラグナも、自前の槍を構えた。森の中では使いにくそうだが、クリスに劣らぬ迫力がある。
森の隙間からいくつもの赤い眼が光る。
僕と残りのメンバーも、及ばずながらポケットナイフを握りしめた。
だがそんな心配は無用だった。
メルが前に出て雄たけびを上げると、ヘルハウンド達はあっさりと姿を現した。
「…どうやらもう大丈夫」
メルが振り向いてそういったのを合図に、僕らは脱力してへたり込んだ。
「クリス…おい!」
ラグナの呼びかけに、ようやくクリスが集中を切る。
「…話、通じたのか」
「うん。全部わかるわけじゃないけど。ついて来いって」
クリスがナイフをしまう。汗びっしょりだ。ラグナは汗をかかないが、やはりかなりの緊張が見て取れた。なんだか僕らの緊張が相対的に足りない気がして、申し訳なさを感じた。
「ともかく、ついていこう」
メルが先頭を切って歩き始め、僕らもそれについて歩いた。
ほどなくして僕らは森を抜け、写真の一軒家にたどり着いた。
家のそばにいた犬が僕らをみつけ、しっぽを振りながら近づいてくるのが見えた。
やはりどう見ても、ただの犬だ。柴犬に見えるが、雑種だろう。
足元まで来たので、腰を落とし「ひさしぶり」というと、彼は「ワン」と短く吠えた。
歓迎、ということでいいようだ。
「おまえに会えたのはうれしいんだけど、リアちゃんはいるかい?」
僕が尋ねると、家屋の陰から誰かがおずおずと顔を出した。
「…います」
写真の女の子だった。
ケラ子と同い年くらいのはずだが、かなり痩せていて、元気がないように見える。
初対面の僕に怯えているのを察したトシキが前に出た。
「やあ、久しぶりだね。リアちゃん。俺、トシキだよ。覚えてる?」
「トシキ…くん」
リアは、あまりよく覚えていないようだった。
「よくうちの父ちゃんの鍛冶屋に見に来てたよね、ケラ子ちゃんと一緒に」
「ケラちゃん…。もしかしてお兄ちゃんたち、村から来たの?」
僕たち二人が頷く。ようやく話が進みそうだ。
「ところで、リアちゃんは、どうしてこんな村の外の森の中にいるの?」
「どうしてって…わかんない…」
困惑した様子でリアが答える。なにか様子がおかしい。
「ここって、村の近くだったの…?」
リアは、思ってもみなかったことをトシキに聞き返してきた。
(リアは、ここがどこだかわからないまま住んでいた?そんなこと、ありえるのだろうか)
混乱する僕の後ろで、ラグナが不可解な顔で耳打ちした。
「…お前らは、この子の言葉がわかるのか?」
「えっ…?」
僕とトシキには、普通に聞き取れるし話もできているが、ラグナもクリスも、チャドも、この子の言葉が聞き取れないようだった。
「たぶん、リアちゃんは日本語で話してるからじゃないか」
トシキの推理に、僕も乗ってみる。
「つまり、日本語だから僕らには通じてるけど、村の翻訳が効いていない…?」
村の外にいるから通じない、というわけでないのは、僕らが仲間内でちゃんと通じていることからもわかる。
「翻訳がかかるのは、各自が自宅の勝手口を通った瞬間からだよな。それに、同じ世界の他の村人の家の勝手口を使っても、翻訳に制限はないって父ちゃんが言ってた」
それが正しいのだとすると…。
僕が尋ねる前に、同じ結論に達したらしいトシキが訊いた。
「リアちゃんは、いったいどこからこの世界に入ってきたんだい?」
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