第29話 捜索(1)

 いさかい食堂まで戻ると、そこには森に入るための装備を身に着けた村人たちが続々と集まってきていた。


 食堂から持ってきた立て看板には、村の女性たちと母さんが作った地図が貼りだされ、たくさんの人がそれを食い入るように見ていた。

 山、川、海、他の村、民家、城…すべてが全く新しい情報だ。

 すべて森に阻まれていたのだ。

 村の人間がそれを知ることはなかったし、知りうる限り記録もなかった。

 あるとすれば村役場だが…僕はまだ役場に行ったことがない。守衛のロビンならあるいは、近郊ぐらいは知っているのかもしれない。


 父さんが、クリス達を連れて戻ってきた。

 他の大人たちと同様、父さんは見たことのない武具に身を包んでいた。

「父さん、そんな恰好をして…まさか森に入るの?」

 僕は心配になって尋ねた。先日のヘルハウンドを前にしての慌てぶりを思い出しても、とても戦力になるとは思えない。

「まあ、こないだの魔物の時よりはマシになってるよ。特訓してもらったからな」

 意外なほど落ち着き払った父さんの姿に、僕はさらに不安になった。

 思わず母さんのほうを見るも、母さんもまた全幅の信頼を寄せた目で父さんを見ていた。

「大丈夫、実はお父さんは強いのよ」

 防具の重さで足元が危うげな父さんの後ろ姿を見ながら、僕は(ホンマか?)と言いたくなるのを我慢した。その後ろで、代わりにばあちゃんが「ホンマかいな」と言った。


「それじゃ、今回の捜索について説明するぞ」

 父さんが声を出すと、周りは一斉に話をやめ、父さんのほうに集まった。


「まずイドをさらっていたあの巨鳥だが、俺たちの世界の言い伝えにある、ロック鳥という鳥に近いと思われる。ルフとか、フェニックスと呼ばれ、雛に餌として像を運ぶという伝説がある」

 皆がざわめき始める。同じような伝説は、他の世界にもあるようだ。


「フェニックスは、火の鳥とも言われている。不死身の鳥で、自ら火に飛び込んで死に、また蘇るという伝説がある」

 

 …ん?

 振り向くと、母さんが腕を組んで大きく何度も頷いていた。

 あっ。

 そういえば母さん、手塚治虫の大ファンだったっけ。


「そこで、この写真を見てほしい。この世界には、火山がある」

 父さんは、イドの残したポラロイド写真の一枚を取り出し、皆に見せた。

「我々はこれを手掛かりとして、まずこの火山に向かう。大まかな方角は、この地図から確認できるようにしてある」

 大人たちは歓声を上げた。


 僕は頭を抱えた。


 後ろから誰かがトントンと僕の肩を叩いた。

 振り向くと、トシキが困った顔で僕に耳打ちをした。

「だめだ、俺たちは別の作戦を考えよう。イドは手塚ワールドにはいないと思う」

 僕も同意見だった。


 僕ら子供は、食堂の外にこっそり集合した。


 最初に、僕はクリスに頼みごとをした。

「まずクリス、食堂に戻ってあの地図をこっちの紙に書き写してきてくれ。周りにばれないように、あと出来るだけ正確にな」

 クリスは黙って頷くと、紙とペンを持って食堂に戻っていった。道具屋の息子は手先が器用だ。最近は漫画の模写もしていたが、素晴らしい才能がありそうだった。

「しかし、俺たちだけで行くのはさすがに危なくねえか?魔物が出たらどうするとか、考えはあるのか?」

 ラグナが心配そうに質問した。

 そう、それが最大の問題だ。クリスとラグナくらいしか実戦には役に立たないだろう。イヌ科ならメルがいれば安心かもしれないが、他にどんな魔物が住んでいるのか想像もつかない。

「無責任に森に入って、二重遭難なんてシャレにならないぜ。さっきもヨウタの父ちゃん、イドの家族に…」

「ラグナ」

 トシキがラグナのセリフを遮った。

「いや、大体予想つくよ。土下座したんだろ、父さん」

 僕は笑って言った。

「ヨウタ…」


「何度か見たことあるし、今度もきっとそうすると思ってた」

 僕の知ってる父さんは、そういう人だ。僕がコンビニで万引きして捕まった時も、前の母さんが流産した時も、父さんは決まって真っ先に謝っていた。自分が悪いわけじゃないときでも、いつも率先して頭を下げた。


 今ならわかる。僕は本心では、そんな父さんを軽く見ていたんだ。


「確かに土下座してたけど、ヨウタの父さんはそれだけじゃなかったぞ」

 いつの間にか戻ってきていたクリスが、僕に後ろから話しかけた。

「イドの両親は、土下座するあの人の前でこう言ったんだ。『小人族は短命だから、気にしなくていい』って」


 思わず振り向いた。


「『そういう種族だから、他の人に迷惑かけるのも申し訳ないから、探さなくていい』って」


 クリスの言葉を聞いて、僕はしばらくショックで声が出せなかった。

 いくら違う世界だからって。

 いくら違う種族だからって。

 そんなに子供への諦めのいい親なんて、いるはずがない。


「そんなイドの両親の言葉を聞いて、あの人は、顔をくしゃくしゃにしてさ」


「『絶対に、連れて帰ります』って。『あの子は村の子だから、村があの子を守ります』って。まだ村に来て何日も経ってないあの人がさ、言うんだよ。『だから、あの子を諦めないでください』って」


「…うん」

 クリスの話を聞いて、僕にはもうそれしか返す言葉がなかった。


 もう認めよう。うちの父さんは凄い。

 全然強くないし、頭も良くはないし、根性だってないけれど、皆が認める何かを、父さんはきっと持っているんだ。


「みんな、僕の作戦を聞いてほしい」

 僕が顔を上げると、とうに皆が僕を囲んでいた。

「聞くぜ」

 トシキが言った。

 こいつは僕が何か始めようとすると、必ず真っ先に話に乗ってくれる。


「父さん達は、火山に向かえば巨鳥に会えると考えているみたいだけれど、僕らはさすがに大人みたいに森の中をやみくもに歩き回るのは危ないし、何より、見つかるような気がしない」

 僕は淡々と話した。みんな黙って聞いていた。


「そこで、まずは森の外をよく知っている人物に会おうと思うんだ」


 僕は、リアと犬の映っているポラロイド写真を差し出した。


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