第24話 空から異界をみてみよう(1)

 ケラ子は夕食の後、ばあちゃんと母さんに昼間の野犬のことを話した。

 リアというケラ子の友達について、僕はほぼ何も知らない。ただ、食堂の夜の部に出かけていくとき、母さんは「少し遅くなるかもしれないから、先に寝てて」と言い残していった。

 八時台のバラエティ番組が終わった後、ケラ子はそのまま自室に戻って寝てしまったが、僕は食堂の様子を見に行こうか少し迷った。


 もしあの犬がリアの飼い犬だったとしたら、犬だけがあの世界に取り残されているのだろうか。確かに、ペットを飼える家に住めなくなったら、村の外に捨てるのが手っ取り早いのかもしれない。だけど、あの森には魔物もいるわけだし、飼い主として無責任ではないか…と思ったが、昨日の僕らのテイミングごっこも、いいかげんドライなものだった気もする。

 そういえば、あの犬はヘルハウンドと行動を共にしていた。群れに入れてもらえたのだろうか。どんな暮らしをしているのだろう。

 そんなことを考えている間に、いつの間にか寝てしまった。


 翌日、食堂の二階の子供部屋に行ってみると、すでに何人かが集まっていた。

「いや、ほんとに見たんだって!」

 ひときわ大きな声で騒いでいたのは、珍しいことにイドだった。

「お、ヨウタ!聞いてくれよ!今朝、この村の上を、すっごく大きな鳥が飛んで行ったんだよ!背中に乗れるんじゃないかってくらいの奴!」

 大きな鳥。こっちの世界だと、飛べる鳥で世界最大なのはどれくらいだろう。それにしたって、背中に人を乗せられるほどのはいないだろう。

「そんなでかいのは僕らの世界でも見たことないな。魔物にはいるの?」

 素朴な疑問だった。

「どうだろう。こっちの世界ではドラゴンとかいることになってるけど、見たことはないな。ラグナのほうはどうなんだ」

 クリスがラグナに水を向ける。

「竜の仲間だと、15mくらいのならいるな。ドラゴンライダーになれば乗れるけど、竜人族はドラゴンライダーには普通ならない」

「なんで」

「ま、お互い、照れ臭いというか…」

 どうでもいいことを聞いてしまった。

「で、イドが見たのはどんな感じだったんだ」

「ドラゴンだったのかなあ。でもドラゴンって、鳥みたいにフサフサはしてないよな。やっぱり鳥だと思う。そんでさ」

 イドは話を続けた。

「昨日のメルのテイミングを見てて思ったんだけど、もしあれをテイムできたら、空が飛べるんじゃね?」

 おお…、と軽くどよめきが起こった。


 メルに意見を求めると、

「ドラゴンをテイムは、さすがに僕でも無理だなあ。相性みたいなものもあるし、うちの家系じゃ合わないかも」

 と言った。

「普通の鳥はどうなんだ?」

 ラグナが尋ねる。

「小鳥とかはできるけど…。何より、そんな鳥がいたとして、村の中には降りてきそうにないよね」

 もっともな意見だった。


「ドローンとか飛ばしてみたいよな」

 とトシキが耳打ちしてきた。

「ああいうの、村の中で使えるのかな。無線で操縦するんだろ」

「仕組みはよく知らんけど、WiFiで直結するんじゃないのか。まあ」

 そんな金ないからな、と二人でため息をついた。

「しかし意外だな。魔法で空を飛べる奴とかいるのかと思ってた」

「俺も」

 クリスが、

「またそんな、魔法を何でもできるみたいに」

 と笑う。

 そんなことを言われてもなあ。

 僕とトシキは顔を見合わせた。

「今日のところは、みんなで紙飛行機でも作って遊ぶか」


 材料を僕らの家から調達し、紙飛行機づくりが始まった。

 クリスはどうしてこんなものが飛ぶのかと興奮し、イドはやたらと紙を正確に折ることにこだわった。ラグナはやはり手先が器用ではなく、強引に投げてはすぐに墜落を繰り返していた。

 一番よく飛ぶ飛行機は、ケラ子が作ったものだった。

 さすが現役の小学生は一味違う。


 とはいえここはひとつ、兄としての威厳を見せたい。

 昔作ったことがある、落下傘を作って見せることにした。

 家からゴミ袋とタコ糸を持ってきて、一枚に切ったゴミ袋の対角線をタコ糸で結ぶ。タコ糸の交差したところを指でつまんで持ち上げ、15cmくらいのところでまとめて縛ったあと、その先に小さな石を縛り付けて完成だ。

「なんだ、これ。これが空を飛ぶのか?」

 訝しむクリス達に、僕は「まあ、見てなって」とウインクした。


 食堂の二階の窓から、風の流れを読んでふわりと落下傘を落とす。

 紙飛行機のように横に滑るように移動するわけじゃないが、空中で止まったかのようにゆっくりと降りてゆく様は優雅で、思った通りみんなの目をくぎ付けにした。


 それから、みんなと夢中になって階段をドタドタと往復しながら、何度も何度も落下傘を飛ばした。

 おもりを何度か交換して重さを調節すると、滞空時間が目に見えてよくなった。

 気づけば、道行く大人たちも足を止め、不思議そうな顔で僕たちの落下傘を眺めている。

「なんだか、面白いことやってるな」

「あれ、何でできてるんだ。やたら薄くて軽いけど…」

 そんな話が聞こえてくる。ここには、こんなもの見たことない大人もいるだろう。

 考えてみれば、ビニール袋だって他の世界には恐らく存在しない。

 僕らの世界には魔法はないし、大した力があるわけでもないけど、他の世界にはない珍しいものがいっぱいあって、いろんなことが実現できている。

 あんまり変なものを持ち込むと怒られそうだけど、少しくらい自慢したい気持ちはある。


 そして何十回目かのチャレンジで、イドが落下傘を落とした瞬間、タイミングよく突風が吹いた。

 突風は食堂の壁に沿って真上に吹き上げ、その風を落下傘は十分に受け止めた。

 そのまま上昇気流に乗って、ぐんぐんと高度を上げていく。

 どんどんと小さくなっていく落下傘をみて、僕らは慌てて外に出て走り出した。

 大人たちも思わず一緒に落下傘を追い始める。

 子どもも大人も、みんな空を見上げている。

 わかっていたことだが、村はそんなに広くない。あっという間に外れの野球場に来てしまった。

 落下傘は森を超えてなおも上昇し、ついには見えなくなった。


「面白え…」

 イドの呟きが聞こえた。

「すげえな!これ、魔法じゃないんだろ?どうなってんだ!?」

 大興奮するイドの珍しさに、僕は少したじろいだ。

「僕もびっくりしたよ。気流に乗ると、あんなに飛ぶんだなあ」

 トシキも、

「俺も思わず笑っちゃったよ。さすがに飛びすぎだろ…どうすんだ、あれ。取りに行くのか?」

 僕も苦笑いしながら、あれがどこまで飛んで行ったのか考えた。

「いつか、みんなで探しに行けたらいいよな」

 不意に口をついて出た。

「そうだな。いつか、行こうぜ」

 クリスが応じた。


 気づくと、後ろにはたくさんの大人たちがいた。

 父さんとトシキの父・郷太もその中にいた。

 なぜか二人して偉そうに腕組みをしている。


「ヨウタ、父さんたちも見せてもらったが、なかなか面白かった」

 うんうん、と郷太が相槌を打つ。

 いつの間にそんなに仲良くなったんだろう。

「というわけで」と父さん。

「俺たち大人は」と郷太。

「明日から気球を作ります」

 二人は高らかに謎の宣言をし、他の大人たちから一斉に歓声が飛んだ。

 

 当たり前ながら、僕ら子供の頭上にはもれなく「?」の文字が飛びまくっていた。

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