第23話 動物と仲よくしよう(3)

「ほーら、取ってこーい」


 父さんが棒を投げると、野犬がそれを追いかけて拾ってくる。

 戻ってきた野犬の頭を父さんがくしゃくしゃと撫で、また棒を投げる。

 僕らのグラウンドが、気が付いたらドッグランになっている。


「ロビンは、魔物は入って来ないようにしたって言ってなかったか」

 トシキと僕は首をひねった。

「お前の父ちゃん、犬の訓練士かなんかなのか」

「知らん知らん。僕も、襲われる前フリだとばかり思ってた。あんな特技があったんだなあ」


 トシキが思いついたように言った。

「まさかとはおもうけど、実はあの野犬はヘルハウンドとかじゃなく、うちらの世界のただの犬なんじゃないか?」

 ちょっと考えてみた。

「んー…ある、のか…?」

 確かに、誰かの家で飼っていた犬が連れ込まれたり、たまたま隙を見て一緒に裏口をくぐったりすれば、僕らの世界から犬が迷いこむことも、ありえなくはないだろう。

「でも、ただの犬とヘルハウンドが、仲良く群れたりするかな」

「どうだろう。犬っぽいもの同士、通じ合うものがあるのかも…ところであれをどう思う」

 トシキに言われてメルのほうを見ると、父さんにやけにキラキラした目線を向けている。

「…僕も遊んでほしい、って顔してるな」

「…通じ合うものがあるのかな」

 言いながら、少しメルの性癖が不安になった。


 ふと気づくと、また父さんが森のほうに歩いていくのが見えた。

「おお、仲間もいっぱいいるじゃないか。おいで、おいで」

 僕らはぎょっとした。無造作に歩いていく父さんの視線の先には、興奮した多数のヘルハウンドが舌なめずりしているではないか。


「父さん、ダメ!そっちは魔物!!」

「ええ?」


 父さんが足を止めてこちらを振り返る一瞬のうちに、ヘルハウンドたちは父さんめがけてとびかかった。だが直後に、何かに激突してギャン、と悲鳴を上げた。

 どうやら見えない壁ものようなものがあり、森からこちらに入って来られないようだ。ロビンが張った結界は、ちゃんと機能していたようだ。


「うわあ、びっくりした」

 父さんは驚いて、しばらくしゃがみ込んでいた。

 びっくりしたのはこっちだ。気づくとクリスは短剣を抜いているし、ラグナも火を噴く準備がすっかり整っていた。いくらこちらの世界に来たばかりとはいえ、不用意すぎる父さんに、少しイラっとさせられた。

 壁をカリカリと爪でひっかきながら、ヘルハウンド達はこちらをまだ狙っている。隙間でもあれば、こじ開けてきそうな勢いだ。だがどこにも突破口がないと知り、彼らは壁をひっかくのをやめた。

 その様子を見ながら、僕らはやっと息を吐いた。

「やっぱり結界は機能してる。ってことは、やっぱりあの一匹だけ魔物じゃないってことなんだろうな」

 のんきに結界の中でしっぽを振っている野犬を見ながら、トシキがつぶやいた。


「ヨウタ、お前ら、この前はあんなのと喧嘩したのか…」

 ようやく立ち上がった父さんがとても心配そうに僕らを見た。

「戦ったのはほとんどクリスだよ。僕がそんなのことできるわけないじゃん」

 それを聞いた父さんは、また厳しい顔をして押し黙ってしまった。

 僕は話を逸らすことにした。

「それはともかく、どうやらあの一匹だけ、あいつらとは何か違うみたいだ。こっちの世界からの迷い犬かもしれない。父さん、みんなに聞いてみてくれないかな」

 父さんは少し考えて「わかった。大人に任せろ」と言い残して食堂に戻っていった。

 

 その後、野犬はヘルハウンドたちに呼ばれ、スゴスゴと仲間の元に帰っていった。

 何度もこちらを振り返る姿をみて、僕はつい「また遊ぼうな」と声をかけてしまった。

 野犬は少し喜んだように見えた。

 そのうち、また会えるだろう。


 帰り道で、僕はケラ子に話しかけた。

「ごめんな。ケラ子はあの犬、まだ怖かったよな」

「うん」

 ケラ子はうつむいたまま、僕のシャツの裾を握って歩いていた。


「あのね」

 ケラ子が急に立ち止まったので、僕は引っ張られて少しよろけた。

 振り返ると、ケラ子は下を向いたまま、

「あのね。あの犬、リアちゃんちの犬かもしんない」

と僕に告げた。

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