第21話 動物と仲良くしよう(1)

 いさかい食堂の大宴会から二日。

 野球場のモンスター対策は少しずつ守衛のロビンが進めてくれていて、森との境界には結界が作られていた。一応、グラウンドまでなら入ってもいいという許可を受け、僕らは野球場に行ってみた。

 内野には早くも雑草が目につき始めていて、別に今日から草刈りを再開しなくてもいいんじゃないか、という話に落ち着いた。

 野球をやりたそうなクリスとラグナに、トシキが説明した。

「今日は、俺らの遊び以外の遊びもしたいって話をしててさ」

 実は昨日もトシキと話をしたんだが、他の世界の連中の漫画やゲームへの食いつきが良すぎて、こちらとしては若干不満がある。短刀を意のままに使いこなしたり、火を噴いたりといった特技を持った連中と友達になったのに、そちら側の文化を見る機会があまりないのだ。

「なるほどなあ。でも、俺の剣術の腕前は純粋な練習の成果だぞ。素振りから教えてもいいけど」

 クリスが困った顔で言った。

「まあ、かっこよく火を噴いてみたいっていう意気込みはわからんでもないがなあ」

 ラグナも腕組みしながら言ったが、さすがにそれは諦めている。あえていうなら、チャドはちょっと興味がありそうだった。ムエタイの試合前の踊りに応用できるか考えているのかもしれない。


「僕も、動物と仲良くなるくらいしかできないかな」

 メルが頭を掻きながら笑った。

「そういえば、メルが動物と話せるのって、なんかこう、テクニックみたいなものなのか?」

 先日の野犬の件が頭に引っかかっていた。メルの種族が獣と仲良くなれるのは、彼らの能力によるものなのか、技術によるものなのか。

「さすがにヘル…野犬?の言葉までわかるのは、僕らじゃないと無理だと思うけど、獣と仲良くなるのは、みんなでもできるんじゃないかなあ」

 その返答に僕は食いついた。東京育ちなので、ペットを飼うのにはちょっとした憧れがある。

「ちょっとやって見せてくれよ」

「いいよ。そうだな…あ、バックネットにリスがいるね。あれでいい?」


 メルは目を合わせないようにゆっくりと、リスに近づいていった。

「怖くない…怖くない…サンダナ・イバゴルファ、サンダナ・イバゴルファ…」

 リスは最初はメルと距離を取っていたが、やがて離れなくなり、その場でおとなしく眼を伏せた。

 魔法のようだ。

「君は僕の仲間…名前はシルバ。…おいて、シルバ!」

 すると、リスは勢いよく走り寄って、メルの肩に飛び乗った。


「…こんな感じ」

 おおおお、と僕らは歓声を上げた。

 特に、ケラ子が一番興奮していた。目を輝かせて何度も拍手をしていた。

「すごーい!メル、すごーい!!」

「ははっ、まあほっとくとすぐ離れちゃうんだけどね」

 謙遜するメルだったが、僕らには正直どうやったのかさっぱりだった。

 あの不思議な呪文も含めて。


 かくして、今日の遊びのテーマは決まった。動物を飼いならすのだ。

 僕らは、あたりを見渡した。飼いならす動物を見つけないと話にならない。

 考えてみるとこの村で、身の回りにどんな動物がなんて気にするのはこれが初めてだった。

「まず、リスがこんなに人間の近くにいるってのが驚きだよなあ」

 トシキの言葉にうなづくものの、実のところ僕にはそれすらもわからない。

 小学生の頃は都内に住んでいたから、動物園の動物と散歩中のペットくらいしか見ていない気がする。ニュースではたまに『都内でタヌキが歩いてた』くらいの話題を見ていたものの、オートロックのマンションのエントランスにいるわけもなかった。

「この動物たちって、村の外から入ってくるんだろ。うちらの世界にはいない生き物も入ってくるってことだよな」

 トシキに聞いてみたが、よくわからんな、としか言わなかった。

「なあ、クリス。このへんにいる安全な生き物について教えてくれないか。まだスライムと野犬とリスしか見ていないんだ」

 呼ばれたクリスは、僕ら向けに大雑把に説明してくれた。犬や猫、鳥は普通にいるらしい。森の近くではリスやモモンガ、タヌキ、サルなどもいる。ヘビやカエルもいるけど、こいつらは基本魔物で、毒を吐いたりするから注意しろとのことだった。

「基本的に犬猫と鳥は大丈夫。虫はよくわからない」

 これだけ聞けば大丈夫だろう。


「ひとまず、村の周りを歩き回ってみようぜ」

 イドの提案にのって、僕らはぞろぞろと歩き始めた。

 中央の通りに動物がいないのは明白だったので、建物の後ろの狭い通路を進んでいく。


 最初に見つけたのは、猫だった。家のひさしの上で寝ころんでいた。

「ここは俺にやらせてくれ。本で読んだことがあるんだよ、猫と仲良くする方法」

 トシキがやる気を見せたので、任せてみることにした。

「たしか、猫とは目を合わせちゃダメなんだ。さりげなく近づいて行って…」

 少しずつ距離を縮めていったトシキは、おもむろに猫にお尻を向けた。

 僕もネットで読んだことがある。猫が相手にお尻を向けるのは、安心して背中を見せられる、信頼の証だとか。

 猫は、はっきりと反応を示した。甘えた声を出しながら、トシキの背中に近づいていく。ついに猫はトシキの膝に乗り、トシキは小さくガッツポーズした。

「おお、うまいね。さすがトシキ」

 メルが声をかけた。そのとたん、猫はメルに一直線に向かい、猛烈な勢いで頬ずりを始めた。

「この子も合格だって言ってる」

 明らかに懐き具合が違うのを見せつけられ、トシキはうなだれた。これが格の違いというものか。

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