第19話 いさかい食堂(6)

 翌日は朝から大忙しだった。

 聞いていた通り、村人から大量の食材が運び込まれ、それをばあちゃんと母さんが下ごしらえしていく。電気がないのに保存はどうするのかと思っていたが、誰かが魔法で作った巨大な氷を、レンガで作った箱に敷き詰めるシンプルな仕組みだった。火は普通に薪を燃しているようだったが、ガスコンロですらよくわからない自分には、何をやっているのかさっぱりだった。

 父さんは大量の水を汲んだり、洗い物をしたり、メニューを頭に入れたりしていた。お金を取らないのだからさほど重要ではないのだろうけど。


 昼に開店すると、一番乗り好きな主婦を中心に客が押し寄せた。

 父さんは注文取りとして気張っていたのだが、客のほうが慣れているので、頭越しにばあちゃんに注文してしまう。食後に長居する客もいないので水を給仕するでもなく、ひたすらテーブルの皿を下げて洗い物だ。時折、よく洗えていないとばあちゃんにどやされ、少しずつ父さんのストレスレベルは上昇しているように見えた。


 昼の客が捌けて、一段落したところで、ばあちゃんが僕たちに食事を作ってくれた。

「二人とも、呼び込みご苦労さん。今日はハンバーグだよ」

 僕は一口食べて、わぁ、とケラ子とともに声を上げた。

 とてもおいしい。粗挽きの肉から肉汁がたっぷりと出てきて、トマトソースとよく馴染んでいる。パンを浸しながら食べたが、ごはんでも食べたい。母さんの料理もおいしいけど、この料理からは、よそ行きの味がした。

「とーちゃん、おいしいね」

 ケラ子が父さんに話しかけたが、父さんの反応は鈍かった。

「あ?ああ、おいしいな。確かに」

 様子がおかしい。イライラしている…?


 母さんが夜の分の下拵えを済ませ、わずか三十分ほどで、夜の部の開店準備が始まった。見ていて感じたのは、飲食店は本当に休む暇がないということだ。仕事が出来れば出来るほど、次の作業の準備がどんどん出てくる。僕らが二十分かけて食べた賄いを、母さんは十分かからずに済ませていた。ばあちゃんも、母さんほどたちっぱなしというわけではないが、常に仕事しているように見えた。

「母さん、ちょっと」

 僕はこっそり母さんに話しかけた。

「父さんが、なんかイライラしてる気がする」

「知ってる。気にしなくていいわ」

 母さんはこともなげに答えた。

 もしかして、そうなるように仕向けている…?

「ユウタとケラ子は、もう少ししたら仕事上がっていいわ。二階に空き部屋があるから、ケラ子と遊んでて」

「う、うん」

 母さんは父さんを見ながら言った。

「しばらくしたら、呼びに行くから」


 二階は昨日片づけなかったから、少し埃っぽかった。

 ケラ子と雑巾がけをし、そのあとはすることもないので、二人とも本棚にあった手塚治虫の漫画を読み始めた。ケラ子によると、母さんの持ち込んだものらしく、母さんは「リボンの騎士」がお気に入りとのことだった。先日の「キャプテン」といい、この村に持ち込まれる漫画のチョイスは少々素朴な気がする。


 僕が順調に「ブラックジャック」を読み進めていると、ドアをノックする音がした。

 ドアを開けると、唐突にトシキたちがなだれ込んできた。

「やあ、お邪魔するよ」

「え、みんな!なんで…!?」

「そりゃ、なんたっていさかい食堂の開店だもの。俺らの親も来てるよ」

 ラグナたちが顔を見合わせて笑った。

「待ってくれよ。その『いさかい食堂』って何なんだ?昼間手伝ってたけど、普通の食堂だったぞ」

 クリスに聞いても「名前通りだよ。すぐわかる」としか言わない。

 メルは「まあ、あまり趣味がいいとは言わないけどね…」と言葉を濁す。

 ケラ子は…背中を向けている。表情を見せない。


 そんなことをしているうちに、一階でドスン、と大きな物音がした。

「始まったぞ」

 トシキが野次馬根性丸出しの笑顔で言った。

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