第18話 いさかい食堂(5)
その建物は、村の中心にほど近いところにあった。
古めかしい洋館といったところだ。看板を探したが、特になかった。
ばあちゃんが正面のドアを開けると、カランカラン、とベルの音が響いた。
「まあ、それなりに埃が溜まってるねえ。信弘さん、まずは掃除だよ」
父さんは突然仕事を割り振られて慌てたようだったが、掃除用具入れを見つけて、モップを取り出した。だが、
「何やってんだい。まずはハタキで埃を下に落とすんだよ」
と出鼻をくじかれていた。
「ユウタとケラ子は窓を拭いとくれ。ミライは、あたしと一緒に厨房の点検だよ」
母さんは、慣れた様子で厨房に入った。向こうの世界でも母さんは村の食堂で働いているし、きっとこっちも手伝っていたのだろう。
僕は雑巾で内側から窓を拭きながら、客室の様子を観察した。日本っぽさはほとんどなく、窓の飾りカーテンや、壁のランプは、ファンタジーゲームの世界を思い起こさせた。
ケラ子は外で窓を拭いているが、汚れがひどく、雑巾もすぐに泥だらけだ。上のほうも手が届かなさそうだったので、バケツを持って手伝いに回った。
「ケラ子、ケラ子はこの食堂に来たことあるんだろ。どんな感じなんだ?」
ケラ子は少し考えて、
「んーとね、いつも賑やかな感じ。どかーんとか、バリーンとか」
と答えた。なんだその不穏な擬音は。
「客は多いのか」
「曜日でばらばらだけど、大体みんな来るよ」
「ばあちゃんは、いつもどんな料理を出すんだ」
「ハンバーグとか、シチュー?みたいなの。おいしいよ」
店構えと同じく、洋食を出すのか。そもそもばあちゃんの料理を食べるのも初めてなので、楽しみだ。
「ほらほら、手が止まっているよ」
急に後ろから話しかけられてびっくりした。
「ばあちゃん、びっくりした」
「おやおや、ケラ子を助けた勇者様とは思えないねえ」
いつの間にそんな話まで。ケラ子があからさまに背を向けた。
「そ、そうだ、ばあちゃん。ここの食堂って、支払いはどうしてるの?」
ごまかしたわけではなく、それが一番聞きたかったのだ。トシキの父ちゃんは、互いの世界のものを売買するのは禁止だと言っていた。それに、他の世界の通貨は価値がないだろう。
「まあ、基本タダだねえ。みんな食材は持ってきてくれるから、仕入れには困らないしね」
つまり、タダ働きということだ。ばあちゃんも、そして父さんも。
「あの、父さんはそれで大丈夫なの」
たまらず聞いてしまった。
窓の向こうに僕以上に驚愕している父さんの顔が見えたが、ひとまず置いておくことにする。
「大丈夫じゃないねえ。でも、信弘さんにはそれ以前に、もっと大事なことがあるからね」
「大事なこと?」
僕は尋ねた。
「そう。それを知らないと、どこの世界でも生きていけないし、一生を無駄にする。ユウタも、今日のことをよーく覚えておくんだよ。とっても大事なことだからね」
初めて見る優しい顔が、なぜか僕の記憶に残った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます