第17話 いさかい食堂(4)

 午後になって、僕ら一家はまずトシキのばあちゃんの家に向かった。

 うちのばあちゃんとトシキのばあちゃんは仲良しだったらしい。

「孫の面倒をみてくれてありがとうよ。ほれ、みやげ」

 と言って、何やら紙袋を渡した。沖縄土産のようだった。

「あらあらご丁寧に。なあに、たまにスイカ切るくらいさ」

「充分、充分。あれくらいの子供にゃ、どんだけ食わせても足りねえよ」

 二人の様子から、それなりに長い付き合いが見て取れた。

「そんでな、明日から店を開けるから」

「あれぇ、まだやるのかい?」

 トシキのばあちゃんは驚いたようだが、年寄りのリアクションはわかりにくい。


 母さんは、目と口が開きっぱなしの父さんを連れて、役場に向かった。

 入口で守衛にビビり、道行く亜人をまじまじと見つめ、おっかなびっくり母さんの後ろを歩く父さんの姿は、ほんの数日前の自分を思い起こさせた。あとでスライムも見せてやりたい。


 トシキが話しかけてきた。

「おい、チヅばあちゃん、帰ってきたのかよ」

 そうか、トシキのほうが僕よりうちのばあちゃんとの付き合いが長いかもしれない。

「一緒に住み始めてすぐ旅行に行っちゃってたから、まだあまり話したことないんだ」

「なるほどな。チヅばあちゃんは、ここらじゃちょっとした有名人だ」

 そんな予感はしていた。村に入った瞬間から、すでに注目され続けている。

「うちの父さんを手伝わせて、ここで食堂をやるとか…。何か知ってる?」

 トシキが驚いて大声を上げた。マンガを読んでいたメルやクリスも一斉にこっちを向いた。

「マジか!『いさかい食堂』復活かよ!!」

「え、ウソでしょ。いいの?許可出たの!?」

 にわかに騒ぎ出したみんなを見て、僕は困惑しながらケラ子に聞いた。

「おい、ばあちゃんはいったい、どんな食堂をやってたんだよ」

 ケラ子はニパッと笑って言った。

「んーとね、とっても楽しいごはん屋さん!」


 手続きを終えた父さんが、母さんと戻ってきた。

 今はもう、みんなと言葉が通じるはずだ。

 ひとまずトシキのばあちゃんとあいさつを交わし、その後、僕らのほうにやってきた。

「えーと、いつもうちの子たちと遊んでくれてありがとう。ユウタとケラ子のお父さんです。これからよろしくね」

 大人ぶりたいのかかしこまりたいのか、僕の友達と話す時、父さんはいつも卑屈な言い回しをする。僕がたまにトシキの父さんを羨ましく思うのは、こういうところだ。

 みんな口々に「よろしくおねがいしまーす」と返したが、友達から見てうちの父さんがどう映るのか、気にせずにいられなかった。


「へえ、ほんとうに言葉が通じるものなんだなあ」


 父さんがぽつりとつぶやいた。

 僕には明らかに、イドやラグナ、メルに向けて放った言葉に聞こえた。

「いや、ついさっき許可が下りるまでは、何言ってるかわからん人たちばかりで、少し怖かったんだ。気を悪くしないでくれ」

 僕は空気が冷えるのを感じた。クリスの目が笑っていない。ラグナも、なぜそんなことをいうのか、という目をしている。

「父さん、もう先に…」

「お父さん、帰るわよ」

 僕の声を遮って、母さんの声が響いた。

「ああ。それじゃ、よろしく頼むよ。気を付けて遊ぶんだぞ」

 父さんは、ぼくらの世界のよくあるお父さんそっくりのセリフを投げて帰っていった。でも、みんなにはそう聞こえなかったかもしれない。

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