第15話 いさかい食堂(2)

「と、父さん!?」

 家の中で腰を抜かしている父さんを見て、慌てて僕は父さんの視界を遮るように家に入り、勝手口のドアを閉めた。

「今日もお昼食べに戻ってきたの?」

 父さんがやっと声を絞り出した。

「ユ、ユウタ…いま、勝手口からどこに行ってた?」

 やっぱり見えたかな。見えたよね。

「どこって、裏庭だよ」

 父さんがドアノブをひっつかんで開くと、そこは普通に、だった。藁ぶきの納屋と水車しかない。

 登録していない人間がドアを開けても、異世界村には繋がらないようになっている。

「ね?」

「あ、ああ…疲れてんのかな」

 目をシパシパさせながら、父さんがドアを閉める。

 ごまかせた、と思った。


 次の瞬間、戻ってきたばあちゃんが反対側からドアを開いた。

 一度引っ込んだ父さんの目玉が、今度こそ零れ落ちそうなくらい飛び出た。

 どう見ても、本来の裏手とは全く違う光景だ。僕はごまかすのを諦め、頭を抱えた。

「お、お義母さん、これは一体どうなってるんだ」

 ばあちゃんは父さんの様子を見て、やっと状況を飲み込んだようだ。

「おや、もしかして、信弘さんには内緒だったかね」

 僕は苦笑いするしかなかった。廊下の奥を見ると、母さんがやはり苦笑いしていた。

 計良信弘…すなわちうちの父さんに、とうとう異世界の存在を知られてしまったのは、このような不可抗力によるものだったのだ。


 その日のお昼は冷やし中華だった。

 僕やケラ子は勢いよくすすっていたが、父さんは箸が止まっていた。

 父さんが母さんを見る。母さんが目を背ける。それをばあちゃんが黙ってみている。

 何回かそれが繰り返された後、父さんがとうとう口を開いた。

「未来さん、話がある」

 母さんは目を背けながらも、ちゃんと父さんの正面に正座した。

「あの勝手口を見た。あれは一体なんだ。どこに繋がってる」

 淡々と質問を並べる。こんな父さんはめったに見ない。

「どうして僕に黙っていた。僕はこの家の主人だ。君の夫でもあり、子供たちの親でもある。子供がどこで遊んでいるのか、野菜をどこから持ってきているのか、知る権利がある」

 弱弱しい声だったが、強い意志と感情が伺える口調だった。

 母さんは黙って聞いていた。


「なあ、教えてくれ。なぜ僕に黙っていた。僕はそんなに」

 信用できないか、という言葉を噛み殺したように見えた。

 母さんはとても悲しそうな顔をした。僕とケラ子もそれをみて胸を痛めた。

 だが母さんは、意を決したように父さんの顔を正面から見据え、こう言った。


「それはあなたが、無職だから」


 母さん、オブラート…。

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