第14話 いさかい食堂(1)

 昨日の出来事で、てっきり今日は異世界村に行くのを母さんに咎められるかと思っていたが、特に何も言われることはなかった。

「ケラ子はどうする?」と声をかけると、

「ケラ子はいい」と返事が聞こえた。

「今日はばあちゃんが帰ってくるから、ケラ子と駅に迎えに行ってくるのよ」

 母さんが忙しそうにしながら言った。

 この家には、母さんの母さん、つまり母方の祖母も一緒に暮らしている。

 父さんが再婚してからの数日間、顔を合わせただけで、旅行好きのばあちゃんはすぐに海外の知人の家に旅行に行ってしまった。なので、僕と父さんはまだあまりばあちゃんとは馴染んでいないのだった。

「だったら、僕も」

「ごめんなさい、荷物が多いみたいだから、二人は乗せられないのよ。で遊んでてちょうだい」

 そういうことか。すこしほっとした。実を言うと、ばあちゃんは少しクセのある性格で、まだちょっと僕とは打ち解けていないのだ。

「じゃあ、友達と遊んでるよ。お昼には帰ってくるんでしょ」

「行ってらっしゃい。あまり無茶しちゃだめよ」

 母さんに釘を刺されて、少しだけ気を引き締めた。昨日みたいなこともある。


 野球場には「立ち入り禁止」の看板が立っていた。

 守衛のロビンの話によれば、境界の柵を作り直して、安全が確認出来たら、続きができるそうだ。楽しみに待つことにしよう。

「ヨウタ」

 後ろから声をかけられ、振り向くと、クリスとラグナが立っていた。

「今日はヤキュウはだめだから、みんなでトシキのばあちゃんの家で遊ぼうってさ」


 トシキのばあちゃんの家の縁側を覗くと、トシキたちが全力でだらだらしていた。

「おう、ヨウタ。今日はケラちゃんは来ないのか」

「今日は母さんについてったよ」

「寝込んだりはしてないんだな」

 よく気の回るやつだ。いつもと変わらんと答えておいた。

「あっ、メル!2巻は俺が読んでたのに」

「クリスがなかなか帰ってこないんだもの」

 どうやら『キャプテン』は取り合いになるほど人気らしい。

 イドとチャドのほうを見ると、ゲームボーイに夢中になっている。一人用のゲームを二人で見ていた。チャドは、さすがにゲームボーイはよく知っているようで、イドにいろいろと教えていた。

「俺たちが言うのもなんだけど、子供には毒なんじゃないのか」

 とトシキに言うと、トシキは笑って

「毒も何も、せっかくあるんだ。面白いもんは教えあうのが当たり前だろ?」

 と答えた。それもそうだ。


 メルが顔を上げて、トシキに尋ねた。

「ねえ、トシキ。ちょっと聞いていい?なんで『キャプテン』に出てくる奴らは、こんなにヤキュウに一生懸命なんだい?」

 僕とトシキは顔を見合わせて、メルに同時に答えた。

「ヒマだからじゃないかな?」

 メルはふーんと聞き流したが、隣で聞いていたクリスは納得がいかないようだった。

 仕方あるまい。僕らに訊くほうが悪い。


 それからしばらく、漫画を読んだりキャッチボールをしたりと思い思いに過ごしながら、いろんなことを話した。

 メルが昨日の野犬のことを「ヘルハウンド」と何度も大げさに呼ぶので、やめてくれと頼んだ。こっちの物語に出てくるのとギャップがありすぎる。あれはただの野犬だった、と思う。

 クリスは、昨日体が硬直して動けなくなっていた時に、僕が戻ってきたのがすごくうれしかった、と興奮気味に語った。背中がむずがゆくて困るので適当にはぐらかしたが、あれだけぶっきらぼうだったクリスが心を許してくれたのはまんざらでもなかった。ちょっと目がキラキラしてるのが気になる。

 ラグナは何してたんだと尋ねると、みんながバックネットの上のトシキ父を眺めている間に、埒が明かないと思い、単独で守衛を探しに行っていたとのことだった。ヘルハウンドを見逃したと悔しがっていたので、あれは野犬だと訂正した。


 トシキのばあちゃんの「お昼だよ。いったん家にお帰り」という声で、正午を回ったことを知った。うちのばあちゃんのことも忘れていた。

「それじゃ、またあとで」と声を掛け合い、僕らは門をくぐったところで別れた。

 そして我が家の勝手口に手をかけたところで、不意に扉が内側からぐいっと押し出され、僕は思わずよろけた。

 扉の向こうには、ばあちゃんが立っていた。

「おお、ヨウタ。畑は何ともないかい」

 腰は曲がり、普通にしわがれた普通のお年寄りだが、目の奥は笑っていない。ずっと観察されているような気になって、いつも気後れしてしまう。

「ば、ばあちゃん、お帰りなさい。畑は見てないや」

「そうかい。何日も留守にしてたから、ちょっと心配でねえ」

 杖をつきながら、80歳にしてはしっかりした足取りで、ばあちゃんは門に向かって歩いて言った。

 相変わらずマイペースだなあと思いながら後姿を見送り、ふと勝手口に目をやると、


 廊下で尻もちをついたまま、目をまん丸にし、口をあんぐりと開けっ放しで、父さんが立ち尽くしていた。

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