第12話 野球しようぜ(6)
何とか、僕とトシキ以外の打順が一巡した。
イドは落ち着きがないのが災いして、ボールの見極めが出来ていないようで、十球くらい投げてやっと前に飛ばした。まあ僕のコントロールが悪すぎるのは仕方ない。
ラグナは逆に球の見極めが良く、落ち着いて打っていた。何球か左右に打ち分けて、球拾いのクリスを振り回していたが、まったく疲れた様子を見せないのであきらめたようだ。
メルもイドとは違った意味で落ち着きがなかった。振り続けるしっぽの様子で、打ち気がだだもれだった。後ろにボールを投げたら、拾って帰ってきそうだ。結局、ピッチャーフライを打ち、それを僕が取りこぼして終わった。
チャドはまあ、僕らと同レベル。体力や運動神経は僕らよりあると思っていたが、野球を知らないことのハンデは思いのほか大きそうだ。
そしてクリス。
事前の予想通り、そこそこ甘いコースに入った球を見逃さず、ものすごいバットスピードでかっ飛ばした。ボールは風の影響も何のその、ケラ子もぽかんと見つめるしかできないくらいの大ホームランとなり、柵を超えて森に消えていった。
「…すまん」
「ああ、こうなるってみんなわかってたから。それはいい。それよりホームランだから、さっき書いたベースを左回りに一周してきてくれ」
クリスは、しょんぼりしながらダイヤモンドを一周し始めた。
「ああ、違う違う。罰ゲームじゃない」
慌てて訂正した。
「ホームランは、遠くまで飛ばしすぎてお手上げって意味なんだ。だから喜びながら回ってくれよ」
クリスは少し考えて、両手をバンザイしながら、真顔でダイヤモンドを回った。こんなんでも、年頃の女の子ならきっと今のプレイで彼の虜なのだろう。不公平だ。
「ただいま。野球はどうなった?」
鼻にティッシュを詰めたトシキが戻ってきた。
「たった今クリスが場外弾を放って、ボールが森の中だ」
トシキは、言わんこっちゃないという顔をした。
僕が「僕たちが取りに入ったら危ないよな?」と訊くと、そりゃそうだ、と答えながらトシキは辺りを見渡した。
「親父に相談しよう。大人でも森の中は多分無理だから、ロビンに頼むことになると思う」
守衛のロビンか。
「あの人、そんなことまでしてくれるのか」
「村人は狩りとかしないし、村の外にも詳しくないからな。間違って村の外にでて、そのまま見失ったら、戻ってこない確率のほうが高いらしい。未然に防ぐなら何でもするってスタンスだって、父ちゃんが褒めてた」
「守衛ってロビンしかいないのか」
「うん。そもそも、村に住んでる人が少ないしな」
ロビンは、何を思って村に住むことにしたんだろう。元の世界のことは捨ててしまったのだろうか。
トシキの父親は、バックネットの支柱によじ登って何やら作業していた。
「とうちゃーん、ごめーん。ちょっと来てくれるー」
郷太が手を休めてトシキを見た。
「トシキー、どうしたー?」
「ボールが森に入っちゃったー。危ないから、ロビンを呼んでもいいー?」
「ボールがなんだってー?」
「だからー」
聞いてくれてはいるようだが、すぐには降りてきそうにない。
しばらくみんなしてぼーっと郷太の手が空くのを眺めていたが、ふと気が付くと、ケラ子がいない。
「あれ、ケラ子?」
「にーちゃあ、ボールあったー」
声のする方向に振り替えると、森の入口で、ケラ子が笑顔でボールを掲げていた。
「ユウタ、あれ!」イドが叫ぶ。
僕もすぐに気が付き、顔面からさーっと血の気が引いていくのを感じた。
ケラ子の背後に、何かがいる。
「ケラ子!馬鹿!!」
僕はケラ子に向かって、全速力で走り出していた。
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