第11話 野球しようぜ(5)
さて、昼休みから帰ってきた僕らは、互いに持ち寄ったものを見せ合った。
クリスはショベルや一輪車に興味があるようだった。道具屋で売っているものとは何か違うのだろう。トシキは、レーキを持ってきていた。野球場でよく見る、丁字型の棒だが、金属部分がないのでクリスの興味を惹かなかったらしい。よく個人の家にあんなものがあるな、と僕は驚いているのだが。
ぼくはトシキに相談した。
「実はケラ子が退屈してるんだ。今日のところはそこそこに仕上げて、遊びに入るようにしないか」
「そうだな。実のところ、俺もちょっとウンザリしていた」
僕の意を汲んだトシキが、午後の作業についてみんなに説明してくれ、全員の同意を得た。
とりあえず、内野の範囲の意思を拾いつつ、凸凹を土で埋めて、レーキで均す。
その後、マウンドに土を盛り、適当に踏んで固める。
「ローラーもあると、「キャプテン」っぽいんだけどな」
とトシキに言うと、
「バカ言え。うちにあったとしても、持ってくる時点で勝手口と俺の腰が壊れるわ」
と笑った。
「ま、そのうちだれか大人が作るだろ。土魔法で」
「え、そんなのあるの!?」
「知らんけど」
知らんのかい。
「土魔法か、どうなんだろうな。まだ俺も見たことない」
「ケラ子はアランの回復魔法を見たことあるって言ってたぞ」
「ああ、あのウネウネするやつな」
やっぱりウネウネなのか。
「さて、まだまだ荒いけど、そろそろ遊んでみようぜ」
トシキがみんなに声をかけると、待ちわびていた連中が駆け寄ってきた。
「その前に、ベースを作らなきゃな。今日はとりあえず」
トシキはまずホームベースとバッターボックスを足で書いた。
「こんな感じで。あとで消えないように何とかしよう」
もしかすると、トシキの父親はホームベースとか持ってるかもしれないと思ったが、黙っていた。明日になればわかることだ。
「あとは、一塁二塁、三塁だ。ヨウタ、俺が書くから、マウンドから見ててくれ」
僕がマウンドから大体の位置を示して、トシキがベースを書いていった。土に書いただけだからいま一つ場所がわかりにくいが、妥協が肝心だ。
「あとはバットとボールだが、なんとチャドが持ってた」
「え、マジで」
僕はびっくりしてチャドの顔を見た。
「日本人のビジネスマンが、昔うちに置いていったんだ。マンガ見てて思い出した」
話を聞くと、タイに野球を普及させようとする日本のサラリーマンが結構いるんだそうだ。
「軟球だが、ミットはキャッチャーミット一つしかない。守備は素手だな」
笑うしかない。昨日のクリスの打撃を見ていなければ、心から笑って聞いていられたんだが。
バットは金属バットだった。少年野球用で軽いので、ケラ子も何とか振れるはずだが…。
一緒に遊ぶと約束した手前、ケラ子が参加できないのは具合が悪い。
ケラ子も不安そうな目で見ている。
「これから野球の基本的なルールを説明する…が、その前に」
トシキは咳払いをして、一拍置いた。
「僕らの力の強さはずいぶん差があるし、まだ小さい女の子もいる。今日のところはその辺を考慮して、みんなが楽しめるよう、お手柔らかにお願いしたい」
みんなの様子を確認したが、異論はないようだ。
ケラ子も少しは安心しただろうか。
「あと、数がわからない奴はいるか?1,2,3,4…」
その可能性に思い至らなかったので、僕はトシキに感心した。出会ってまだ数日だが、彼の気配りのきめ細かさは素直にすごいと思っている。
二桁の足し算程度の学力の奴もいたが、意外なことに全員が算数を知っていた。もっとも、僕らの世界だって、算数のわかる生物は結構いるらしいと聞いたことがある。話したことがないので、本当のところがわからないだけだ…すぐに、失礼な考えだと思いなおした。うまく言えないけれど。
「よーし、じゃあ大雑把なところから話していくぞ。野球ってのは、二つのチーム…陣営で互いに点を取りあう遊びだ。正式には9人で一つのチームを作る。で、投手が投げたボール…球を、打者がバット…これな。これでうまく打って転がす。転がってる隙に打者がさっき書いたベースを辿っていって、一周して戻ってきたら一点だ」
クリスが熱心に聞いている。昨日も思ったが、彼のこの情熱はどこから来るんだろう。
「…で、アウトってのが三つ取られると、投げるチームと打つチームが交代する。これを9回繰り返して、よりたくさん点を取ったほうが勝ちだ」
チャドは最初からある程度わかっているようだったが、イド、ラグナ、メルはピンと来ていないようだった。
「イド、わかるか?」
僕が耳打ちすると、イドは正直に「よくわかんね」と言った。
「とにかくやりながら教えてくれよ」
トシキも、ある程度予想していたらしい。
「今日はまず、みんなで打撃をひたすらやろう。ピッチャー…、投手は、俺とユウタが交代でやるから、みんな順番に好きなだけ打ってくれ」
まずトシキがマウンドに立ち、僕がキャッチャーをやることになった。
下手投げで数球投げた後「もっと前でもいいか…?」とトシキがさっそく弱音を吐いたが「昨日のクリスのスイングを思い出せ」と言ったらおとなしくマウンドに戻った。軟球でも、あのスイングに当たった球がピッチャー返しで飛んで来たら、僕はそれを見た瞬間に死ぬ自信がある。
「何とかストライクゾーンは通りそうだ」
実際には山なりにキャッチャーにノーバウンドで届く、といったレベルだが、完全に自身に戻ってくる指摘なので言わないことにした。
何も言わずにトップバッターとしてクリスが打席に立った。
「クリス、大変申し訳ないんだが」
俺は立ち上がり、クリスに言った。
「なんだ」
「順番、最後に回ってくれないか。お前が打ってボールがなくなってしまうと、他の連中が打てなくなる」
クリスは顔色一つ変えず「そうか」といって引っ込んでいった。後ろから追い打ちで「あと、トシキの後ろのほうに回って、飛んできた球を拾ってくれ」と頼んだら、ちょっと間をおいて「そうか」と繰り返した。鋼の精神ではないようで安心した。
結局、最初のバッターはケラ子になった。
本物のバットに興味津々で、クリスから奪い取ってから手放さなかったからだ。
山なりの投球をケラ子のバットは的確にとらえ、素晴らしくボテボテのサードゴロを放った。それをクリスが矢のような加速で追いついて捕球し、その勢いで華麗にマウンド上のピッチャーめがけて送球した。それを振り向きざまにキャッチできるほどトシキの運動神経が優れているはずもなく、ボールはトシキの顔面を直撃した。
トシキは鼻血が止まるまでベンチに戻り、僕が投手、チャドが捕手で続きをすることになった。僕はクリスに「お手柔らかに」というのが精いっぱいだった。
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