第10話 野球しようぜ(4)

 クリスが内野の半分を薙ぎ払い、ラグナがもう半分を焼き払ったところで、ちょうど昼飯時になった。

 大人たちの号令で昼休憩に入った僕らは、ひとまずそれぞれの自宅に帰った。


 勝手口をくぐるとやはり向こうの世界に比べると蒸し暑くて、たちまち汗が噴き出した。

「ただいまー。やっぱりこっちは暑いね」と話しかけながら室内に入ると、父さんがちゃぶ台に胡坐をかいて一足先にそうめんをすすっていた。


「お帰り。先食ってるぞ」

 こんな時間に家にいるとは思わなかった。

「父さん、お昼に家にいるなんて珍しいね」

「いやもう、就活とはいえスーツが暑くてさあ。シャツもびしょ濡れなんで、着替えに戻ったんだ。このへん、そんなに涼しいところあるのか?」

 しまった。父さんにはまだ勝手口のことは教えていないのだ。

「水路のほうでしょ。だめよ、あそこは危ないんだから」

 台所から出てきた母さんが、助け舟を出してくれた。

「あんたたち涼しくていいかもしれないけど、母さんは台所で汗だくで茹でてるんですからね。ああ、おいしそー!いただきます!」

 透き通ったガラスの大きな器にたっぷりのそうめん。めんつゆに薬味のミョウガとネギ。そしてさらにはおかずのかき揚げ。母さんが僕らの昼食に愛情を注ぐほど、台所が暑くなる寸法だ。申し訳なさを感じながらも、僕らはあっという間に平らげた。


 先に食べ終わったのに、うだうだと出かけようとしない父さんを横目で見ながら、僕は午後に必要な機材について考えていた。農機具ならいくらでもあるが、土を均して固めるような道具はうちにあるのだろうか。

「あ~、出かけたくな~い~」

 はよ出かけろ、と心の中でツッコミを入れながら、

「そういえば、父さんってよくプロ野球とか甲子園見てるよね。野球やってたの?」

 と聞いてみた。

「ん、ま、そうだな…そこそこ?」

 あ、これはやってないな。間違いない。

「ケラ子とキャッチボールでもしようと思うんだけど、ゴムボールとか、町のほうで売ってないかな」

 父さんの顔がにわかに明るくなった。

「なんだなんだ、急にお兄ちゃんらしくなったじゃないか」

「いや、そんなんじゃないよ。なあ」

 本当にそんなのではなかったので、急に気恥ずかしくなってケラ子のほうを見た。

「ケラ子…?」

 ケラ子が珍しくふてくされていた。

「どうした?」

「何でもないよぅ」

 考え直してみると、心当たりがないでもなかった。昨日は三人でゆるゆると遊んでいたのに、今日の作業はいきなり大所帯で、しかも午前中が終わったのにまだ遊べていない。しかも年の近い女の子の友達もいないとくれば、むくれているのも納得というものだ。


「おとうさん、そろそろ出なきゃいけないんじゃないの?」

「ああ、そうだな。おもちゃの野球セットが売ってないか、気をつけとくよ」

 母さんに咎められ、父は背広を肩にひっかけていそいそと出かけていった。

 それを見送ってから、僕はケラ子に弁解した。

「今日は作業ばかりでつまんないよな。午後は少しでも遊べるように、みんなに相談するよ」

「うん。…あのね」

 少し照れた顔でケラ子が言った。

「ケラ子、みんなも嫌いじゃないけど、にいちゃと遊びたい」

 嬉しいことを言ってくれる。

「わかった。遊ぼうな」

 実のところ僕のほうだって、クリスの身体能力を見せつけられて、気が重かったのである。


 台所から戻ってきた母さんが、

「それで、今日は向こうで何してるの?」

 と尋ねてきた。

「昨日の野球ごっこの話が大きくなって、いま大人と一緒に野球場を作ってる」

 まったくあの人たちは、と母さんは笑いながら一人で納得していた。心当たりのある人物が何人かいるのだろう。

「あとで母さんも、様子を見に行くわね」

 何か含みのある口調を気にしながら、僕たちはショベルと一輪車、それに軍手を多めに持って、勝手口を通って村に向かった。

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