第9話 野球しようぜ(3)

 翌日、ケラ子を連れてトシキのばあちゃんの家に行ってみると、すでにトシキが腕組みをして待っていた。

「遅かったな。みんな、あっちにいるよ」

「みんな?」

 クリスのほかにも来ているのだろうか。

 僕たちは村の外れに向かった。

 そこはうちから一番離れた場所で、空き地らしかった。雑草もひざ下くらいまで伸びていて、ところどころぬかるみもある。奥には、村の境を示すための木柵が設置されていた。

「おう、来たな」

 トシキの父親の郷太が大声で僕らを呼びつけた。

 他にも、4,5人の大人と、クリスその他の子供がいた。

 困惑している僕に、トシキが説明してくれた。

「昨日、父ちゃんに野球の話をしたじゃん。あれで、なんかテンション上がっちゃったみたいでさ。この辺の知り合いにも、野球の話を熱心にしたらしいんだ。酒の席で」

「うん」

「で、ほかの大人たちも野球ってなんだ、って話になって」

「うん」

「で、朝になったら、野球場を作る話になってた」

「全然わからん」

「俺もだ」

 野球場って、いくら何でも話がでかすぎないか。まだバットもボールもないというのに。

 というか、本物のバットとボールを使ったあたりで、僕たち脱落しそうなのに。


 トシキは、僕たち子供を集めて、作業の説明に入った。

 子供グループは、僕らとクリスのほかに四人。亜人も混じっているが全員中学生くらいの男子で、ケラ子は若干不満そうだった。

「とりあえず、大人たちはまずバックネットを作るそうだ」

「何でそんなところから手を付けるんだ…」

「村に定住してる人は職人が多いのと、クリス同様まったく野球を知らないので、形から入ることにしたらしい」

 まあ、来ている大人には亜人が多いようだし、例のドワーフの親方もいる。力仕事から入るほうがわかりやすくていいのだろう。

「で、俺たち子供の役割だが、草むしりだ。あと石を拾ったりして、グラウンドを作る」

 どっかで聞いたようなプロセスだ。

「トシキの父ちゃん、「キャプテン」の影響を受けすぎてないか」

「俺もそんな気がする。根性がどうとか」


「他の子どもはどうやって連れてきたんだ。トシキの知り合いなのか」

「俺も知ってる連中だけど、クリスが集めてきたんだよ」

 クリスに目をやると、真っすぐな目で答えた。

「たくさん人がいないとダメだって言ってたろ」

 それはそうだが、よくあんなフワッフワな情報で集まったな。

「右からイド、ラグナ、メル、チャドだ。チャドは、お前らと近い種族じゃないかな」

「僕はヨウタだよ、よろしく。チャドはもしかして、外国人?」

「タイに住んでるよ。ここだと外国人でも言葉が通じていいよね」

 イドは小人族のイメージに近いが、僕らの中で飛びぬけて小さいわけでもなかった。

 ラグナは竜人。ウロコやら爪やら、見た目の威圧感は大きい。

 メルは獣人族とでもいうのか、オオカミのような耳が生えていた。顔は幼いので、さぞかしこちらの世界では大人の女性に可愛がられそうだ。

 なかなか個性的なメンツだが、人数が足りないのは明白だった。大人と子供の混成チームが二つ作れるかどうか、といったところだ。

「とにかく、何とか内野だけでも早く整備したい。さっそく草むしりをしよう」

 トシキもおそらく自分と同じことを考えていた。

 この計画は、下手をすると内野ができる前に頓挫する。少しでも早く遊べるようにしないと。


 横一列になって、草を根元から抜いていく。なかなか腰に来る作業だ。

 僕たちは雑談をしながら少しずつ作業を進めていった。

「じゃあ、ラグナとメルは同じ世界から来ているんだ」

「本当にそうかわからんけどね。うちらの世界には互いの種族が存在することはわかってるから、たぶんそうなんだと思う。うちらの世界に戻ったら、話もできないし、住む場所も違う。互いにトカゲとか犬とか呼んで、怪物扱いしてる感じ」

 ラグナはシャイだが、メルは人なつっこい性格のようだ。

「あけすけだね。喧嘩になったりしないの?」

「口喧嘩くらいはしょっちゅうだよ。でも、本気で喧嘩したら、魔法だの噛みつきだの火炎放射だので手が付けられなくなるから、みんなそこまではやらないんだ」

 そこまでやらないのか、そこまで相手を本気で怒らせたり傷つけたりしないのか、どちらなんだろう。

「どっちかというと、強い武器や能力を持ってるほうが気の毒ってのもあるかな。加減がきかないと大ごとだしね。あ、そこスライム」

 チャドに言われて、僕は飛び上がった。

「あはは、ロビンから聞いたけど、いきなりスライムに襲われてたってホントだったんだ」

「もう、ほんと勘弁してよ。マジであの時はビビったんだから。なんなんアイツ。僕が魔法持ってたら、それこそ火であぶってパリッパリに乾燥させたいわ」


 みんなでひとしきり笑ったあと、あまり喋っていなかったクリスが話しかけてきた。

「なあ、この草むしりって、根っこから丁寧に抜かないとだめなのか?」

「どうなんだろう。根っこが残っていると、すぐまた生えてくるとは聞くけど」

 トシキにも意見を求めると、

「あまり気にしなくてもいいんじゃないか、次に伸びてきたらその時抜けば」

 と答えた。

 クリスは、何か思いついたようだ。

「ちょっと、剣持ってくる」というと、父親に一言言って、道具屋のほうに消えていった。


 クリスはすぐに戻ってきた。腰に短剣を携えていた。

「危ないから、ちょっとどいてて」

 僕たちを後ろに下げて、クリスは低く構え、居合のように剣の柄に手をかけ、深く深呼吸した。

 フッ。

 次の瞬間、彼は疾風のごとき足運びで雑草に近づいたかと思うと、地面すれすれの位置を水平に薙ぎ払い、雑草を刈り始めた。地面に砂ぼこりが舞い、まるで刈り払い機のように雑草が吹き飛んでいく。あっという間に、雑草のないきれいな大地が数m単位で広がっていった。

「うわぁ…」

 僕ら人間組は、完全に感服してその様子を眺めることしかできなかった。

 昨日クリスに感じた一流アスリートの気配は、まさしく間違っていなかった。

 僕らと同年代の子供に、こんなことが出来るなんて、想像もしていなかった。

「…あと半分残ってるけど、こんな感じでどうだ」

 僕とトシキ、チャドは拍手喝采で彼を迎えた。

「あとは土で平らにしなきゃいけないんだろ」

「ああ、俺らもそれくらいは力に…」

 と、言いかけたトシキが僕の後ろに目を向け、あんぐりと口を開けた。

 振り返ってみると、ラグナが口から火炎を出して、内野の草を焼き払っていた。


 しばらく黙って僕らはその様子を見ていたが、やがてラグナの口から炎が出なくなり、ラグナが強くせき込み始めたあたりで、メルがドクターストップをかけた。

「…アイデアとしては悪くなかったと思う」

「俺もそう思う」

 僕とトシキは、彼に向って静かに敬礼した。

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