第7話 野球しようぜ(1)

 今日もそこそこ涼しい、ばあちゃんちの縁側。

 ぼくとトシキによるポケモン対戦は、二日目にして、早くも倦怠期を迎えていた。

 互いに黙って育成しているものの、明らかに身が入っていない。すこしばかり気まずさを感じながら、場の雰囲気が変わるのを待っていた。

 この沈黙を打ち消してくれたのは、「キャプテン」を読み終えて「プレイボール」に手を伸ばそうとしていたケラ子の一言だった。


「ねえ、二人は野球するの?」


 まずトシキが動揺した。

「あ、ああ、いや、相手がいなかったしなあ…」

 自分も動揺していた。

「そうそう、僕も東京じゃ、なかなかキャッチボールも…」

 嘘だ。そんなことはなかった。単純に、球技が苦手だっただけだ。小中学生の男子には、球技がまるで向いていない層が存在する。そして、その層に属する人間は、相手が同類かどうかを判別する能力が備わっているのである。

 その能力が告げている。

 明らかにトシキは同類だった。

「ケラ子、このキャッチボールってのやってみたい」

「いや、まずはタイヤ引きからだな」

 二人で口をそろえて反論したが、賢い妹は騙されなかった。

「やろうよ!やろうよ!キャッチボールやろー!!」

 こうなったら何を言っても無駄だと悟った僕たちは、まずはボールの代わりになるものを作ることにした。


「丸くて手のひらに入るくらいなら、何でもいいよな?」

「チラシをガムテープで丸めて作ろうぜ、ケラ子には危ないし」

 もちろん妹への配慮などではなかった。自分たちがビビっているのだ。

 引っ越しの時に使ったガムテープを自宅から持ち出し、硬く丸めた新聞紙をぐるぐる巻きにして、記念すべきボール一号は完成した。

 さっそく、ばあちゃんの家の庭で投げ合ってみる。

 当たってもポスン、としか言わないボール一号は安全そのもので、ケラ子ですら思い切り投げても怖がらなかった。しばらく三人で投げ合っていたが、この程度の運動は思いのほか気分が晴れた。となると、当然の流れで、バットの代わりとなる棒っ切れを探すことになった。

「バットはなかなか難しいな」

 トシキが唸った。長さと軽さが求められる。あちこちに農具があるとはいえ、そもそもここにはあまり物がない。家に戻って使えそうなものを探すか。

「ちょっと、親父に聞いてみるか」


「野球か。面白そうなことやってんな」

 トシキの父・郷太は、ハンマーで鉄を打つ手を休めて言った。

「バットになりそうなものねえ…ひのきの棒とかどうだ」

 いいかもしれない。本物の野球に使えるかどうかは知らないが、紙のボールなら十分すぎる。

「木細工は俺はやってないが、そこの道具屋にツルハシの金具を卸してる。ちょうどいい棒があるかもしれん」

 郷太はさっと立ち上がり、目の前の道具屋に入っていく。もちろん、道具屋の存在すら知らなかった自分も、トシキの後に続いて中に入った。


「お、どうした。子供連れで」

 店主は、背の低い亜人だった。ドワーフほど荒々しくもないし、エルフほどキラキラした感じもしない。

「おう。子供たちが遊びに使う棒を探しててよ。つるはしの柄の部分とか、余ってないか」

 亜人の店主は、愛嬌のある顔でこちらをまじまじと見つめた。

「初めて見る子だな。新入りか」

「ヨウタだ。ケラちゃんとこの旦那の連れ子だよ」

 そうだ、挨拶を忘れていた。

「ヨウタです。ケラ子の兄です。よろしくお願いします」

「俺はカールだ。いいねえ。にぎやかになってきたねえ」

 どうやら子供好きらしい。

「棒っ切れもってって、何して遊ぶんだ?剣術ごっこか?」

「野球です。三人しかいないけど」

「ヤキュウ…なんだそれ」

 突然、郷太が割って入った。

「おう、ヤキュウって俺らの世界の遊びがあってよ。こっちじゃ大人気なんだわ」

 熱の入った解説がマシンガンのように始まり、僕はトシキのほうを振り向いた。

「わかるだろ、あの大量の野球漫画の持ち主だよ」

 なるほど。

 店主は郷太の熱弁に苦笑しながら、店に置かれていた何かの柄を僕に手渡してくれた。僕らは静かに店を出て、ばあちゃんちの庭に戻った。


 三人いれば、ピッチャーとキャッチャー、バッターが揃う。

 最初はピッチャーをトシキに任せ、キャッチャーを自分がやることにした。とにかくケラ子がバッターをやりたがり、そうすると一番危険なのは間違いなくキャッチャーだったからだ。

 予想通り、ケラ子のバットは何度も手からすっぽ抜けた。あまり近くで捕ると後頭部が危うい。ケラ子がボールを前に飛ばして満足するまでに、キャッチャーの僕はバッターボックスから2m近く下がっていた。

 さて、次はだれがバッターになるか。問題は、ケラ子のキャッチャー適性に不安しかないことだった。となるとピッチャーしかないわけだが…。


 と、その時。

「何をやってるんだ?」

 突然かけられた声に振り向くと、亜人の子供が立っていた。

「…誰?」

 トシキに尋ねると、

「クリスだよ。さっきの店の人の子供」と答えた。

 言われてみると、種族的に似ている気がする。

「彼らはこっちの世界のお話で言うところのノームで、僕らよりだいぶ力が強いんだ」

 そんな感じはする。同じ人間でも、僕らほどのモヤシっこはあまりいないだろうけど。

「野球ごっこだよ。クリスもやらないか?」

(あれ?)

 僕はただならぬ緊張感を感じた。

 心なしか、トシキがビビってる気がする。

「そのカタマリを叩いて、前に飛ばせばいいんだな?」

 僕はクリスの眼差しに、まるで大リーグ時代のイチローのような、一流アスリートの迫力を垣間見た…気がした。

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