第6話 トシキとゲームボーイ
翌日、鍛冶屋の荒木郷太のところに行くと、彼の息子を紹介された。
「息子のトシキだ。よろしくしてやってくれ」
トシキは、郷太にあまり似ていなかった。ひょろっとしていて、どちらかというと僕より体力がなさそうにみえる。坊主頭に丸眼鏡、野球部だったら補欠って感じだ。
「ヨウタです。よろしく」
「トシキです。よろしく」
オウム返しであいさつしたのを見て、わりと人見知りなんじゃないかと思った。
「えーと、昨日初めて来たばかりでよくわからないんだけど、ここでは普段何して遊んでるの?」
思い切って聞いてみた。こちらの口調に警戒が緩んだのか、少しくだけた雰囲気になった。
「ぶっちゃけ、あまりここには来てないかなあ。でも、おばあちゃんちがあるから、そっちに行ってることが多いよ」
「え、ここにおばあちゃん住んでるの?」
「うん。元々他の人が住んでたんだけど、譲ってもらったって言ってた」
守衛のロビンは「誰にとっても裏庭」と言っていたが、住んでいる人もいるのは意外だった。
少し歩いていくと、計良家ほどではないが、合掌造りの大きな民家が建っていた。
「…思いっきり日本建築だね」
「やっぱりそのほうが落ち着くっしょ。ばあちゃーん、新しい友達連れてきたよー」
玄関の引き戸がガラガラと開いて、中から老婆が顔を出した。
「おやおや、新入りの子かね。ようこそおいでなすった」
「ヨウタです。母の再婚で、昨日から村人になりました」
「ケラ子です。ヨウタにいちゃんの妹です」
いつのまにかついてきていたケラ子が顔を出した。
「なんだ、いつの間についてきてたんだ」
「へへー。ヨシキくん、久しぶり」
ケラ子は面識があったのか。
「びっくりした。そうか、ヨウタはケラ子ちゃんのおにいさんになったんだね」
少し年上ぶった口ぶりに、そう親密でもないのかなと思った。
「しっかり挨拶出来てえらいねえ。麦茶持ってくから、トシ坊は案内しな」
トシキは祖母に礼を言い、僕らを部屋に案内した。
風通しのいい開け広げの和室に、広い縁側。農家のこの雰囲気は計良家も同じだが、体感温度が違う。せいぜい30℃行くかどうかというくらいに感じられた。
「昨日も思ったけど、この村あまり暑くないよね」
僕ら兄弟は縁側に座って、何やらごそごそと部屋のものを探しているトシキに話しかけた。
「でしょ。ばあちゃんも、そこが気に入ってるみたい。北海道は雪が多いけど、こっちはたまにパラパラ降るくらいだし」
日本の夏は毎年熱くなる一方だが、異世界のほうが暮らしやすいってのもおかしな話だ、と思った。
「とりあえず、ゲームやろうぜ」
取り出してきたのは二台のゲームボーイだった。
「おお、すげえ。文明の利器だ…ってことは、もしかして電気あるのここ」
「ゲームボーイって電池で動くっしょ?TVの電波は届かないし、インターネットもないけど、これなら遊べる」
「なるほどー!すごいなトシキ!」
「へへへ。これで遊べる相手が現れるのを、ずっと待っていたのだよ」
何だか召喚された勇者みたいな言われようだが、悪い気はしない。
というか、僕らのテンションはかなり上がっていた。異世界でなくとも、ゲームでリアルの友達と対戦するなんて、何年ぶりだろう。
「で、ゲームは何があるんだ」
「ポケモン赤だな」
「他には」
「ポケモン青だな」
「…トシキ?」
「いうな」
もちろん、わかってはいる。一人で二人分のゲームボーイソフトを買うことの厳しさは承知している。
僕たちは互いを深く理解した。
「よし、育てるか。時間はたくさんある」
「おう、それでこそ親友だ、イソノ」
「やってやろうぜ、ナカジマ」
その日は結局、夕方まで縁側で各自ポケモンを育てることに没頭した。
ケラ子は仲間に入ることを諦め、トシキの部屋にあった漫画「キャプテン」をずっと読んでいた。
ばあちゃんが忙しくし始めたのを見計らって、僕らはトシキのばあちゃんの家を出た。ケラ子は「キャプテン」の11巻と12巻を借りた。僕もトシキにお勧めの漫画を持ってくると約束し、解散した。
「一日でずいぶん馴染んだのねえ」
夕食時の母さんの言葉で気づいた。馴染みすぎだろ、僕ら。
「荒木さんのお婆さんにもお礼を言わないとね」
おばあさんとほとんど話をしてないことにも気が付いた。子供同士とはいえ、何の詮索もしないのは一つの度量と言えると思う。明日は何か手土産でも持っていこう。
ケラ子が夕飯を平らげ、「キャプテン」をもって自室に入ったのを見て、僕は母さんに昨日のことを聞いてみた。
「ケラ子が言ってたんだけど、友達の家が突然なくなったって…」
母さんは少し困ったような顔をした。
「あのご家族との接続が切れた理由は知らないけれど、あの村との接続が切れる条件はいくつかあるわ。一つは、事故や戦争なんかで、一家全員がいなくなってしまった場合。もう一つは、接続先の世界そのものがなくなってしまった場合」
でも確か、ケラ子の話によると、リアという少女は僕たちと同じ世界の住人だったはずだ。世界がなくなってしまっていたら当然この家もないわけだし、一家全員が亡くなるような事故や事件があったら、それは新聞に載るだろう。母さんもそれは当然チェックしたはずだ。
「で、私たちの世界に特有かもしれないけれど、これが一番あり得る事態」
母さんはここで一息ついた。僕は息を呑んだ。
「引っ越し先に裏口がなかった場合ね」
思ってたのと違った。
とにかく、亡くなったとか言う話ではなさそうでほっとした。
翌日から、トシキは僕に「イソノ、野球やろうぜ」と声をかけてくるようになった。僕もトシキをナカジマと呼んだ。この呼び名は、サザエさんを知らないやつが僕たちの仲間になるまで続くことになる。
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