第4話 異世界の人々(1)

あれほど昨日は混乱していたのに、目が覚めたらあの場所にもう一度行きたくて仕方がなくなっていた。

とはいえ、ケラ子のように裏庭感覚で足を踏み入れようとはさすがに思えず、母に同行を頼んだ。が、母は僕の心を知ってか知らずか、ケラ子を案内係に押し付けて、さっさと洗濯物を干しに表の庭に出てしまった。仕方がないので、ケラ子を連れて裏口の扉を開けた。

あたりを見渡して、スライムがいないか確かめたり、昨日の井戸の中を覗いたりしていたら、守衛のロビンに声をかけられた。

「おお、さっそく来たな。お兄ちゃん」

「ヨウタです。門番お疲れ様です、ロビンさん」

ロビンは、中世の鎧に身を包んではいるが、やはり普通の人間に見えた。つまり、僕たちの世界の欧米人と同じように見えた。

「僕、昨日初めてここがあるって聞いて、ここがどういう場所なのかさっぱりわからないんです。色々とご迷惑をかけてしまうこともあるかと思いますが…」

「ああ、びっくりしたろ。こっちも、村人登録してないと言葉が通じないし、結構緊張するんだよ。人間の子に擬態したゴブリンとかもいないとは限らないしな」

「えっ」

「君はお兄ちゃんだから、よーく覚えておけよ。君のお母さんには嫌味を言われたが、ここでは村人登録していない人は、モンスターと同じだ。守衛がいるから、村の中にはそういうのはいないけど、村の境界には何が出るかわからん」

なるほど。昨日の冷たい態度は、あれでもだいぶ優しい態度だったということか。

「うちの妹、そういうのわかってるんですかね…?」

あんまりわかってなさそうだけどな、とロビンは頭を掻いた。

「ま、村人を守るのは俺たちの仕事だから、遠慮なく呼んでくれよ。おかしなものがを見つけたら、なるべく知らせてくれ。とはいえ、昨日のスライムみたいなのはあちこちにいるから、早めに覚えて慣れてくれよな」

「わかりました」

ケラ子が待っているので先に進もうと思ったが、聞いておかないといけないことを思い出した。

「ところで、ここにはいろんな存在がいますよね?人間とは明らかに違う感じですが、普通に一緒にここで暮らしているんですか」

「ああ。ここでは、村人登録さえしていれば、どんな種族でも村人だ。ブタみたいな頭でもワニみたいな頭でも。スライムだって犬だって、登録さえすれば言葉を交わせるようになる。もちろん、共存できない魔族なんかは登録されないが、たとえ登録された村人だって悪人の可能性はある。同じ人間でもな」

「それって…」

危なくないのだろうか。

「危ないさ。でも、ほとんどの連中はここに住んでるわけじゃない。君の家と同じように、この村は村人の誰にとってもただの『裏庭』なのさ。ちょっと広くて便利な、ね。ケラちゃんについていってみなよ、なんとなくわかると思うから」


裏庭、という表現がどれくらい正しいのかわからないが、計良家の家庭菜園はまさにそれくらいの広さだった。トウモロコシ、トマト、大根…それぞれさほど手広く育てているわけでもなく、併せてリビング一室分くらいだろうか。農業に詳しいわけではないけど、生育はよさそうに見えた。気候はどうなんだろう。こちらと同じように季節があるのだろうか。

菜園は簡単な木柵で区切られていて、両隣に同じような菜園があった。何を育てているのか気になったが、どれもこちらの世界にありそうな植物に見えた。実はウネウネ動いたりするのも少し期待していたが、そういうバリエーションはないらしい。

「母さんは、ここに来て畑の手入れをしていたりするの?」

「たまにお水とかあげてるみたいだけど、よくわかんない」

よく見ると、端のほうに農具置き場らしきものがある。現代農業で使われてそうな目新しい農具は見当たらなかった。農薬とかどうしているんだろう。それに、昆虫とか鳥とか…。

「にーちゃ、畑はいいから、ご近所さんとお話ししようよ」

それもそうだ。わからないことは聞いたほうが早そうだし、ここはネットにも情報がない世界。聞かなきゃ何もわからない気がする。


右隣の菜園に、人が来た。人間じゃないかもしれない、という気持ちでよくよく見ると、耳が尖っているのが目に付いた。

これは、もしかして。

「あの、すみません…エルフさんですか?」

「なに、エルフって」

えらく真っ当に返されて、慌ててしまった。

「あ、し、失礼しました。僕、新しく村人登録された、ヨウタっていいます。ここのこと、あまりよくわからなくて…」

「ああ、なるほど。ミライさん家の…新しいご家族かな?なんか再婚するって言ってたような」

「そうです、そうです」

話が通じるようでほっとした。守衛は気さくに話してくれていたが、ロビンは母にビビっていただけの可能性もあったので、少し怖かったのだ。

「あの、エルフっていうのはですね、僕の世界に伝わる物語に出てくる種族でして、耳が尖っていて、美男美女で、とても長生きって感じで」

「物語って、お話ってことかい?すごいね。どんな話なの?」

そういえば、エルフって元ネタはどこから来てるんだろう。北欧神話…?とかだった気がするけど、オリジナルを知ってる人ってどれくらいいるんだろう。

「いろんなお話にでてくるんですけど、その世界はいろんな種族が住んでて、一緒に怪物を倒す冒険に出たりとか」

「すごいね!夢みたいな話だね」

その反応に、僕はふと違和感を覚えた。エルフのいる世界なんだから、いろんな種族が住んでるもんじゃないのか?

「あれ?えーと…あなたの住んでいる世界には、異なる種族とかいないんですか」

「いや?ふつう人類って、どの世界にも一種類しかいないもんじゃない?」

そういうもんなのだろうか。いや、確かにうちの世界もそうだけど。

「じゃあ、いろんな種族が出てくる伝説みたいなものはあったりしないんですか」

「いや、お話は何でもありだから、もちろんそういう話もあるよ。でも実際そんな世界があったら、いずれ争いが起きて、結局一種類になっちゃうと思わない?」


「ああ、いけない。昼食作ってる最中だった。僕はアラン。また今度ね」

彼はそそくさとキュウリらしきものを収穫して戻っていった。

お昼は冷やし中華かもしれない、と思った。

僕の頭の中で、すでにアランはただの耳の長いイケメンになりかけているが、エルフと言えば、魔法が使える種族というイメージがある。

彼は魔法を使うのだろうか。

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