第3話 家族会議

 母と一緒にゲートをくぐった僕たちは、そこから少し歩いた建物に書類を提出し、僕のこの地への立ち入りが正式に許可された。

 何だかよくわからないが。

 許可されたとたん、周りで話している人間や亜人の言葉が急に日本語で聞こえるようになり、役所の受付係ともふつうに会話できるようになった。

 何だかよくわからないが。

 そしてその足で少しゲートのほうに戻って、計良家のものらしい小さな家庭菜園で、トウモロコシを収穫した。これは理解できた。

 帰り道に、守衛のロビンに声をかけられた。彼はさっき僕を助けなかったことを丁寧に詫び、ここに出入りするときのルールを説明するからまた後日来てくれ、と言った。最初に見た印象より、だいぶ普通の大人だった。

 家の裏口をくぐりながら、トータルでは今日の出来事が理解できただろうかと自問自答してみたが、結論としてはやっぱりわからなかった。


 家に戻って三人でそうめんをすすり、食後のトウモロコシとスイカが出てきたところで、やっと母が話を切り出した。

「うちの裏手の話なんだけどね」

「うん」

「ヨウちゃんは漫画とかゲームとか詳しいから、なんとなくわかるでしょう」

「わかる」

 …というのは?

「じゃーん!なんとうちの裏口は、異世界に通じているんでしたー!」


「じゃーん!じゃないでしょう!」

 自分で座卓を叩いておいて、思ったより大きな音が出たのでちょっとびっくりした。

 何か聞きたい気持ちは止まらなかったけど、何から聞いていいかわからない。異世界ってなんだよ。なんで家の裏口出たら旅立ちの村みたいなところに出るんだよ。

「この計良の家にはね、代々あの扉があるの。家を建て替えても、家の者が勝手口を開けると、なぜかあそこにつながっちゃうのよ」

「なぜかって…。近所の人は知らないの?」

「よその人が開けても普通に家の裏に出るだけだもの。ヨウちゃんはケラ子と一緒に開けたから見られちゃったけど」

 なるほど。確かに三週間も一緒に暮らしていて、ケラ子が毎日あんなところに行っていたとは全く気付かなかったのだから、案外ばれないものなのかもしれない。

「でも、あんなところにケラ子一人で行かせて大丈夫なの?なんか、モンスターみたいなのもいたし」

「自治体に登録さえしておけば、守衛の人も周りもちゃんと助けてくれるわよ。小さな女の子なんだから」

 都会暮らしが長かったからなのか、小さな子だからこそ危ないのではないか、と思ってしまう。

「むしろ、こっちの世界のほうがよっぽど危ないわ。この辺にもおかしな車がたまに通りかかるから、気をつけなきゃだめよ」

 すかさず、ケラ子が誇らしげに防犯ブザーを見せてきた。まあ、こちらでも隣の家が霧で霞むほど遠いのだから、効果のほどはわからんが。

「もちろん、ほかの人には絶対秘密なんだよね…?」

「そうよ。それとお父さんにも」


「父さん?」

「そう。お父さん、お仕事探し中でしょ。そんな時に家の裏口から異世界に行けるだなんて知ったら、お父さん何すると思う?」

 考えるまでもなかった。

「金儲けに使うね」

「とーちゃん、ヤマシだかんね!」

 ケラ子にまで言われている。そう、あの根性なしの父にとって、今は職業として農業に打ち込むべき大事な時期なのだ。父親がユーチューブで炎上する姿を、一家でそう何度も見守りたくはない。

「なので、しばらくお父さんには内緒、ね」

「了解です」

「わかったー」

 それにしても、この母の懐の深さにはいつも感心する。なぜあの父と再婚しようと思ったのか、いつか聞いてみたいものだ。


 玄関が開く音がして、赤ら顔の父が帰ってきた。

 決して酒が好きなほうではないが、付き合いはいいので、近所の男達に連れまわされるようだ。

「ただいまー。もうご飯食べちゃったのか。ごめんな」

「おかえりなさい。今日はそうめんだったの。今からゆでるわね」

「いいよいいよ、未来さん。暑い中悪いよ。スイカうまそうだなー」

 言うや否や、どっかりと座ってスイカにかぶりつく。

「とーちゃんおかえりなさい。なんかいいことあったの」

 山師とか言いつつも、ケラ子は無邪気に父に懐いている。

「うん、あったあった。今日は手伝いで御飯山に行ったんだけどさ、そこからの夕暮れがすっごくきれいで…」

 この暮らしに満足している限り、父についての心配は無用だ。


 その日の夜は、さすがになかなか寝付けなかった。

 体に貼り付いてくる薄汚れたゲルの感触が頭を離れなかった。

 別のことを考えようと悶々としているうちに、母への質問を一つ思いついた。

 なんであんなところでトウモロコシを育てているのか。

 明日、母に聞いてみよう。

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