第3話 心の中を丸裸なのです!

 ミヤコと念話で話し合いながら案を出し合っていると、若手の騎士が少し近い位置まで来たが、俺は平静を装いながら残りのスープを飲み干した。


 ……って、念話しているんだから緊張しなくてもいいのか。


「ぷぷっ……」


 おい、ミヤコだって若手騎士が近くにいる間、黙っていたじゃないか!

 心の声が聞こえる訳もないのに、絶対俺と同じで緊張しただろ!


「そんな事ないのです~」


 へぇ、誤魔化すのか。真剣に考えたなら、一個くらい良い案が出たんじゃないか?


「騎士様が勇者様を倒す! そして言うのです……俺の女に手を出すな! ってね」


 ダメってか、無理だろ……シンジの方が強い。

 はぁ、割と本気で詰みかけているな。

 手遅れになる前に改善案を考えて数分……良い方法は思い浮かばなかった。

 なあミヤコ、素直に直談判がいいんじゃないか?


「お父様に? それは無理なのです。今公爵領にいないので。明日勇者様との縁談が終わった後に帰ってくるのです」


 タイミング悪いな。

 いや、直談判を見越して逃げたのかもしれない……公爵様が聡明である事はよく知られているから。

 すると、シンジに諦めさせるしかないって事か。割と無理ゲーじゃないか?


「な~んか、勇者様の弱みなんかが見つかれば、楽なのですがぁ」


 シンジの弱みか……結構思いつく気がするけど。

 特に女性関係では!


「そういう弱みには勇者様も慣れていなされそうじゃないですか~。もっと決定的なトラウマとかないのです? ……ほら、前世で友人だったのですしぃ」


 おいおい、一応俺から前世でシンジと友人だったって言った事ないけど……前世の外見だけじゃなくて、結構覗いたみたいじゃないか。一体いつ覗いたんだ?


「ひゅ~、ひゅ~~」


 口笛、心の中でさえ上手く吹けないのか? この確信犯め。

 まあいいさ。前世だな……前世。

 前世の事を思い出す……昔、信二と仲が良かった頃、俺の妹と幼馴染の三奈子、そして信二の姉にあたる四季さんと遊んだ覚えがある。


「何か修羅場がありそうなのです! 幼馴染といえば修羅場! そう聞きました」


 誰が言っていたんだよ、そんな事……修羅場なんてない。

 でも、あるとすれば三奈子が引っ越ししてからこの関係は終わった。


「えぇっ、重要な事っぽいのです! 三奈子さん……について詳しく!」


 望月三奈子……俺の幼馴染で、幼い頃に俺が恋をしていた相手だよ。

 心読めているんだから、何となく察しているだろ。


「それはまあ……そうなのです。もっと詳しく!」


 親の再婚が原因で、遠くに引っ越ししてしまったんだ。

 んで、引っ越しする前にちょっといざこざがあってだな……。


「と、言いますと?」


 信二と四季さん、そして三奈子が家に遊びに来た時、俺の名前が入った食べかけのプリンがあったんだけど、残りが全部無くなっていたんだ。

 俺は三奈子が食べたんだと思って、三奈子も何やらそわそわしていたから、問い詰めたらつい口喧嘩に発展してしまったんだ。


 後から考えたら、三奈子がそわそわしていたのはプリンなんて関係なくて、親の再婚で遠くへ引っ越す事を言い出せなかったからだったんだと思う。


 ……俺がミヤコを手伝おうと決意したのは、あの時の後悔があるからなのかもしれないな。


「あれ? 信二くんと四季さんもいたのですよね? お二人は?」


 その後、信二は学校を不登校になって部屋に引きこもってしまってな。


 一応、四季さんは一番年上って事もあって、世話焼きな性格だったから何度か学校で話しかけてくれたけど、俺には信二が引きこもった原因が自分にもあるんじゃないかって思って……それで上手く話せなくなってしまったんだ。


「妹さんは?」


 妹とは喧嘩したきり、話さなくなった。


「……? コーイチさんから、何とも言えない感情が伝わるのですが……隠しても無駄なのですよ!」


 ……いやまあ、昔は仲が良かったけど、三奈子がいなくなってから妹からは冷たくあしらわれていてな。

 俺がしょうもない事で三奈子との最後を過ごしたから、幻滅されたんだと思う。

 結果、俺は独りぼっちになってしまいましたとさ……まあ俺が悪いな。


「それ! 勇者様もそうなのでは?」


 え? 何だって?


「世話焼きの四季さんが信二くんの引きこもりを止められなかったなら、そこに軋轢があると考えるのが自然なのです」


 言われてみればそうだけど、自然ではないだろ……ミヤコの方がよっぽど名探偵だ。

 流石、聡明な公爵様の娘なだけあるじゃないか。


「やーい、鈍感なのです」


 褒めてやっているのに、なんで俺を下げるんだよ。そこは誇っておけ。

 照れ隠しなの、バレバレだから。


「ううっ~! 意地悪なのですぅ」


 でもまあ、四季さんの事だから、信二の引きこもりを止める以前に、四季さん自身が引きこもりの原因になっていそうだ。

 昔から、何故か信二は四季さんに苦手意識を持っていたから……実の姉なのに、不思議だ。


「ん? んん!? それなのです!!」


 あ、一体どうしたんだ? ミヤコ。


「あるじゃないですか、勇者様のトラウマっぽい情報が! なんでコーイチさんはすぐ教えてくれないんですか」


 待ってくれ。これがシンジの弱みとして使えると思っているのか? いやいや、あくまで俺の推測でそうだったと決まった訳じゃないし、破談に使えそうな情報には思えない。

 大体、実の姉だぞ? 大切な家族じゃないか。


「それは偏見なのです。コーイチさんは妹さんを大事に思っていたみたいですが、逆に妹さんはコーイチさんに冷たかったのですよね?」


 あ、ああ……そう言われてみれば、妹の方は俺に対して好意的じゃなかった訳だし、俺の一方的な感情だったのかもしれないな。


「……なんか、コーイチさんは随分と妹さんに入れ込んでいるようで~」


 またまたミヤコの恐れのような感情が俺にまで流れ込んでくる。

 おっ、嫉妬か? 可愛い妹だったんだよ……ツンツンし始めてからも――。


「あーあー! 妹さんのお話は今どうでもいいのです! 四季さんの情報を使って、婚約破棄するのです!」


 いや、まだ婚約していないだろ。


「……言い忘れていたのですが、書類上では既に婚約状態なのです。顔合わせが明日で、上手くいかないとベッドに連れ込まれてしまう予感が……」


 如実にミヤコの恐怖が強くなっていく。身体を震わせる程の恐怖に、俺は覚悟を決める。

 大丈夫だ、ミヤコ。俺が絶対守ってやる。


「騎士様、私が勇者様と別れた暁には、私と結婚するのです!」


 ミヤコはすぐ元気になって浮かれた言葉を口にする……切り替え早いな!

 婚約破棄の後の事は兎も角、実際どうするんだ? 四季さんの情報だけで何とかなるように思っているみたいだけど。


「ちっちっちっ、聖女魔法を舐めすぎなのです。コーイチさんが私に心を開けば、過去の記憶くらい読めるのですよ」


 おい、その流れだと……俺の記憶を全部知られてしまうのか?


「はい。その通りとても便利な魔法なのです。さあ、もっと私に心を打ち明けてほしいのです。四季さんの人物像さえはっきりと思い描ければ、勇者様を撃退できそうなのです」


 いやいや、マジか……ミヤコ相手なら別にいいけど、見たくないものが見えても嫌わないでくれるか?


「勿論なのです!」


 即答……絶対だぞ? 幻滅するなよ? いいな?

 俺の本当の気持ちまで全てバレてしまうような事をサラッとされている現状に、俺は警戒しなくていいんだろうか。

 警戒したらミヤコが読めなくなってしまうので、警戒を解いている訳だが……本当に大丈夫か心配になってくる。


「緊張していて可愛いのです」


 からかうなよ。いいか? 前世の俺の感情とかは前世のものとして納得してくれよ?

 バレたくない秘密なんて、誰にでもある……大抵、そういうものは人によって不快に思うものかもしれないから、簡単には見せられないものだ。

 そう……俺はミヤコに忠告しているのではなく、自分を納得させるためにそういう考えを頭に巡らせていた。


「……早く」


 しかし、俺が断る懸念を感じたのか、ミヤコから恐怖が伝わってきた。

 そうだよな……俺はミヤコの騎士だ! 俺の心をミヤコにくれてやる!


「ほうほう……ふふんふん。うぉ~~っ!!」


 暫くの時間、ミヤコの魔法の反動なんだろうけど俺は何も考えずぼーっとしていた。

 聞こえてくるのはミヤコの間抜けな声だけ……しかし、俺の方は心を失ったかのように間抜けな顔をしていたように思う。


「終了なのです! コーイチさんの記憶見させてもらったのです!」


 おお、本当か? 記憶を読まれている時間が吹っ飛んだ気分だ。

 それで、上手く縁談を破談にできそうな手掛かりはあったのか?


「まあ私は演技得意なので、四季さんの転生体を仄めかそうと思うのです」


 ああ、演技が得意とかいう設定あったな。


「本当に得意なのにぃ。私にはこの聖女魔法で集めた日本の知識がありますし、多少勇者様の弱みもあるので可能だと思うのです」


 まあ確かに……ミヤコは本当に転生者かと思うくらい博識だからな。

 今まであまり話した事はなかったけど、逆にそれが効果的に働くかもしれない。

 それにしても……記憶を読み取る時間、結構短かったと思うけど、そんなすぐに記憶なんて読めるものなのだろうか。


「ちょ~っとぉ。私が騎士様の恥ずかしい所まで丸裸にする訳ないのですよ。私は聖女であって変態ではないのです。まったく心外なのです」


 なんだ、ちゃんと四季さんについての記憶だけ見てくれたのか。

 ミヤコが魔法を器用に扱えて良かった。


「確かに魔法を応用すれば、心の中は文字通り丸裸なのです。丸裸と言えば……あっ、私の丸裸にご興味がおありなのです?」


 ぶふっ、急になんだよ……いや、ないから。てか俺、そういう事考えて当然みたいに思われていたのか……ちょっとショック。

 しかし俺も騎士である前に男だ。それっぽい事を言われてしまえば、想像くらいは――。


「ふふっ、警戒するのは想像している証拠……!! さあて……ってあれれ?」


 騎士としての誇り! 騎士としての誇り! 騎士としての誇り!


「おおっ、耐えているのです!! 理想の騎士像しか伝わってこないのです! あれ、理想の騎士像……自分じゃないです?」


 はっ!? 俺は一体何を考えていたんだ。


「なっるしすと~!!」


 いやいや、憧れの騎士とかいないから、仕方なくだから……その煽りはズルいだろ。


「ズル?」


 そうだ……よくよく考えたら、聖女魔法って不公平じゃないか?

 念話はお互いできるみたいだけど、ミヤコはそれに加えて俺の心を深く覗けるんだろ。


 知っているか? 俺の前世では、電話の通話料金をかけた側だけが支払うんだ。

 ミヤコの場合は料金分の負担を俺に支払わせているって事になるぞ。


「うーん、その例えは全く的外れなのです」


 そうなのか? いや、俺の前世の知識だからピンとこなくてもいいんだけどさ。


「あっ……その、私は膨大な魔力を支払っているのです。なので、不公平じゃない筈なのです」


 あー、そっか……魔法だから当然魔力を消費しているのか。

 騎士である俺は魔法を使わないから考えが至らなかったが、言われてみれば確かにその通りで、ある意味公平だ。


 でも例えが完全に的外れって訳でもないよな? まあいいか。

 それはそうとして……聖女魔法の理論はわからないけど、よくこんな万能な魔法で魔力切れを起こさないな。ミヤコって歴代聖女の中でも魔力量が少なかった気が――。


「全部聞こえているのです。私には魔法を応用する技術があるのです。そう! この聖女魔法は言わば、私の固有魔法なのです!!」


 滅茶苦茶ドヤ顔で言われているのが想像つくし、確かに凄いけど、集大成的なものなんだろうか。

 というのも、ミヤコの場合、他にも固有魔法を多く開発していた筈なのだ。


「あっ、音魔法【やすらぎの鼻歌】のこと?」


 そう、それ。そっちの方がよっぽど聖女魔法って感じがする。


「使う機会はなかったのですが、他にも音魔法【ASMR】とか色々あるのです」


 うわ、本当に器用なんだな……ちなみにミヤコさ。


「ん~?」


 音って物理なんだよ……応用すれば聖女でも暴力的な魔法になるんじゃないか?

 さっき、聖女は物理攻撃できないみたいな念話を聞いた気がするけど、本当に仕えないのか?


「わかってないな~。この、きゃっわいい声じゃ無理なのです?」


 まあ声が可愛いのは認めるけど……一つくらい攻撃魔法使えた方がいいぞ。


「ありゃ、なんだかコーイチさん真剣な心配? でも……どうして? 私、聖女なのに」


 冒険の途中、いつも考えていた事だ。本当に危機に陥った時、そういう魔法があったら助かるかもしれない。


「わぁ! 私の心配をしてくれているのです? でへへぇ~」


 おい、真面目な話なんだぞ。


「真面目な話をするなら、コーイチさんがずっとそばにいてくれればいいのです」


 あのなぁ。俺はミヤコの騎士で、ミヤコは公爵令嬢じゃないか。

 俺の事が好きなのはわかったけど、さっきミヤコが言った通り公爵様に殺されてしまうだろ。


「うん。だから、お父様を倒せばいいのです。ね?」


 ね? じゃないだろ。そんな簡単でしょ……みたいに言われても、契約魔法【騎士の誓い】があるから無理だ。だから偽彼氏案もナシになったんじゃないか。


「あっ、魔王討伐で私が受けとった報酬が【騎士の誓い】を結んだ騎士全員の契約相手をお父様から私に引き継がせる事だったのです。だから正々堂々戦って!」


 いやいや、公爵様って普通に強いんだろ? 俺も結構強い方だと思うけど、勝率は五分五分かな。

 しかし、ミヤコってそんな事を魔王討伐の報酬にしてしまったのか。勿体ない。 


「勿体なくないのです! この世界では武力こそ正義なのです!」


 この世界では……って、ミヤコも転生者みたいな事考えるのな。

 武力は正義って考えそのものはまるで魔王だし、本当に聖女なのだろうか。


「ミヤコ~、騎士様がお父様を愛の力で倒すところ見てみたいなぁ」


 おい、ミヤコ……今、実父のことを脅威だと認識しただろ。ミヤコの恐怖感じとったぞ。

 なるほど言われてみれば……この衝動がある時点でミヤコと【騎士の誓い】を結んでいることが確かだと理解した。


「という訳で、明日勇者様を追い返したら、次にコーイチさんがお父様を倒して私を攫う事にするのです!」


 おいおい、何だかただでさえ大事だったのが……俺の命の危機を迎えているじゃないか。

 でもまあ、俺もミヤコを守るって覚悟を決めたんだし、公爵様と戦ってやろうじゃないか!

 ぶっちゃけ、負けても殺されはしないだろ。


「あっ、お父様の使う魔剣で受けた傷は私の聖女魔法でも治療できないらしいから気を付けて騎士様!」


 ……真面目に殺されるじゃないか。


「勝てばいいのです!」


 この聖女、脳筋か?

 どうやらミヤコは俺の勝利を確信しているようだったが、嬉しい気持ちと共に、心配が絶えそうになかった。

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