第26話

「遅くなった。ギンジの奴はまだみたいだが、シティにはもう――」

 驚き、言いかけて止める。

 ベルノートだと思って話しかけた椅子に座る人影は、髪が黒く、腰に届くほどにまである。黒色の洒落たワンピースを纏い、やや踵のあるサンダルを履いている。薄手のストールを羽織り、両の耳では猫の形のシルバーピアスが輝く。

 別人かにも思えたが、掻き上げた長い前髪の下からは見覚えのある、やや吊り上がった形の目に、黄金色をした猫のような瞳があった。

「お前、本当にベルノートか」

「そうだけど。何」

「何と言うか。印象が変わったな」

「どうも」

 メニューから髪型の変更を行う。

 伸ばしたままにしていた髪を後ろで一つに束ねる。猫の肉球を模したヘアピンで前髪を留めて、目にかからないように抑える。小さなバッグと、鍔付きの大きな帽子、そして黒のサングラスを取り出し、纏めて近くの机に置く。

「旅人の安らぎは間もなく港に入る。アンタも準備しておきなさい」

「準備って言われてもな」

「ほっぺたのそれ、いい加減外せば?」

 言われて頬に手で触れる。頬の傷薬の存在を思い出すと、外してゴミ箱へと放り込む。

 潜砂船が浮上する。正面モニターが外部の景色を映し出す。

 まず目に着くのが、そびえ立つ塔だった。数多の金属パイプが絡み合い、縒り合わされて支え合う。それは天を貫くほどにも高く、空の色に霞む。

 そんな巨塔を中心として、無数の飛行戦艦が漂い、停泊している。ひと目見て、アキラは思わず呟いた。

「あれはサジタリウス艦隊」

 全ての飛行戦艦で、二種類の旗が風になびく。

 星占術で用いられる、射手座のゾディアックサインがまず一つ。そして更に高く掲げられた旗には、赤地に金のアルカディアのロゴが輝き放つ。

「アルカディア傘下のクランの一つ、スターライト・サジタリウス。十二の飛行戦艦から構成される艦隊で、この一帯を取り仕切っている。フラグシップはクランと同名のスターライト・サジタリウスで、艦種はフリゲート」

 巨大な飛行戦艦が並ぶ中、ひと回り小さな戦艦が塔の埠頭に停泊している。

 船体に施された射手座のエンブレム。

 金の紋章は陽の光を受けて光り輝く。その光は鋭く強く星の輝きのようで、遠く離れていながらも非常に目立つ。そんな光に目を細めながら、ベルノートが口を開いた。

「私さ、アルカディアの連中が嫌いなんだよね。一般プレイヤーの分際で正義の味方気取っちゃってさ。初心者狩りを防ぐとか言ってデフォ顔共を守ってんの。マナーがどうこう言う人もいるけど、運営が良いって言ってんなら別にいいでしょってね。だから、いつかそのうちアルカディアの連中を叩きのめしてやりたいって思ってる。キルされたくはないからやらないんだけどね」

「そんなにアルカディアが嫌いか」

「アルカディアって言うか。ヒーロー気取りの輩が嫌い。いかにも自分は良いことしてます、雑魚の為に力を使います、なんて連中を見ると、ぶち殺してやりたくなる。そうまでして自分の強さを誇示したいか、って」

 そう言って溜め息をつく。そして脚を持ち上げると、椅子の上で胡坐をかく。

「まぁ、アイツ等の殆どがアルティメットモジュールを搭載しているから簡単にはいかないしね。そう言えば聞くけど、さっき私のアルティメットを止めたでしょ。どうやったの?」

「あぁ、あれか。別に難しいことはしていない。お前の動きを見て対応した。それだけだ」

「ちょっと意味がわからないんだけど」

 ベルノートが見上げる。

 片足に体重を乗せ腰に手を当てると、ベルノートの目を見ながらアキラは言った。

「一回目で相手の動きを見て学習し、二回目で対応。三回目以降は無効化する。これが守りの戦い方で、誰にも負けない戦法となる。簡単だろう?」

「アルティメットを腕でカバーしたってこと? ヤバいでしょ」

「ヤバくはない。これが戦闘中にできなければ敗北し、逆にできるなら負けはしない。相手の動きを見て学び、動きを読んで対応していく。学習や、対応に時間を掛ければ掛ける程、ダメージレースで負けることになる」

「理屈はわかるけど、たった一回で学習して対応なんて誰でもできる芸当じゃない。もしかして、アンタ滅茶苦茶に強いんじゃ」

 驚くベルノートを見て、アキラは笑う。

「そうでもないさ。俺にだってどうしても超えられない人がいる。どれだけ得意なゲームでも。どれだけ練習しようとも。勝てる気がしない人がいる。初めてプレイするゲームでも、一回やれば二回目以降は必ず勝利する。そういう人も世の中には居るもんだ」

「そう。でもまぁ、私も負ける気なんてしないけどね」

「言ってくれる」

 口角を上げて見下す。そんなアキラを見上げるとベルノートは鼻で笑う。

 そんな二人の背後から不意にギンジの声がした。

「すまんすまん、遅くなっちまった。ウチのトイレが爆発してな。おっと、邪魔したか?」

 慌てて二人は顔を背ける。

 嫌味な笑みを湛えつつギンジは腕を組む。近くの机に寄りかかり、顎に触れた時だった。

「旅人の安らぎ。ようこそ、セントラル・クロスシティへ。こちらはサウス・コントロールです。入港の目的についてお聞かせください」

 システム音声が流れ、モニターがメッセージを映し出す。胡坐を組んでいた脚を戻してモニターを見上げると、ベルノートが言った。

「こちら旅人の安らぎ。物資、弾薬の補充と、装甲の修理をしたい。ついでに街の散策も」

「承知いたしました。ドックの利用を許可します。指示に従い、百八番ポートへ侵入してください」

「旅人の安らぎ。了解。必要な物資の一覧を送る。準備しておいて」

「かしこまりました」

 通信が終了し、モニターが戻る。

 セントラル・クロスシティはもう近く、砂の港が正面にある。いくつもの砂上船が港に停泊しており、それぞれ積み荷を上げ下げしている。巨大な埠頭の脇を抜け、クレーンの並ぶ防壁に船の先を向けると巨大な隔壁が開き始めた。

 誘導灯が砂上に伸びていく。

 光に従い、旅人の安らぎはドックに進む。開かれた巨大な隔壁の奥へと、慎重に侵入していく。太陽の陽が差し込む中、両岸から伸びるアームが船体を支えると旅人の安らぎは停止した。

 警報と共に隔壁が閉じる。そしてドックの砂が排出されていく。

 タラップが迫り、旅人の安らぎと岸とを繋ぐ。機関が止まるとモニターに、下船可能、とシステムメッセージが表示された。

「旅人の安らぎ、装甲の修理と物資の補充、あと極地適応モジュール海を追加で装備しておきなさい。さて、私はやる事あるから降りるけどアンタ達二人は好きにしていいから」

 立ち上がり、帽子とサングラスに手を伸ばす。片手でサングラスを掛けると、つば広ハットを頭に乗せた。

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