第25話

 モニター上の地図に進路を映し出す。現在位置から、セントラル・クロスシティまで。赤い矢印が経路を描く。

 細かな振動と、傾きで、旅人の安らぎが進路を変更したとわかる。緩やかな圧力の中、アキラは近くの椅子に腰を下ろす。目的地まで約一時間。ベルノートは大きな伸びをして言った。

「じゃ、私は一旦落ちるから。到着までには戻る」

 返事も待たずに姿が消える。

 残されたギンジは溜め息をつき、頭の後ろを掻きつつ近くの椅子を引っ張り出す。そして大股開きで座れば、再度深いため息をついた。

「俺も一旦終わるかねぇ。どうせバレットファングはロックされちまっているだろうし、いい加減に飯を食わねぇと」

 言われてアキラはメニューを出す。そして初めて時間を確認する。

 時刻は十九時。

 そろそろ父さんが帰る時間だ。

 ログアウトするギンジを見送り近くの椅子に腰を下ろすと、メニューからログアウトボタンを押した。

 端末を外す。机の上に乗せてひと息つく。

 気づけば部屋の中は暗く、パソコンモニターだけが光り輝く。目を固く閉じ、二本の指で目頭を抑えていると、背後から急に声がした。

「アキラ。飯だ」

 反射的に身体が跳ね上がる。膝を机にぶつけてしまい、慌てて両手で擦る。何ごとか、と振り向けば、ベッドに腰かけ他人の漫画を勝手に捲る、姉の姿がそこにあった。

「姉ちゃん、いつから」

「少し前からだ」

 ページを捲る。

 変なことを言ってなかったか、冷たい汗が背中を伝う。乾いた口で唾を呑み込み、小さな声で尋ねた。

「少し前って」

「ホワイト・レイ・シリウスならどうとか、言った所からだ」

 姉は漫画から目を離すことなく、ページを捲る。目だけを動かし、三秒と経たず、また捲る。

 特別機嫌が悪い訳では無さそうだ、と察すると、思わず安堵のため息を漏らす。機嫌が悪い時は大変だからな、と思いながら少し笑って答えた。

「姉ちゃん、部屋に来るなら言ってよ。びっくりするじゃん」

「今更だろ。それにお前はゲーム中だった。邪魔しちゃ悪いと思ったんでね」

「ありがとう。でも、びっくりするから止めて欲しい」

「気が向いたらな」

 飽きたのか、残りのページを一気に捲る。漫画を閉じてベッドの上に放り出すと、本棚から次の漫画を取り出す。表紙を見て、裏表紙を見て、一枚、二枚とページを捲れば、閉じてベッドの上に投げ出した。

「さて飯だぞ。お母さんが呼んでる。お父さんは仕事で遅くなるから先に食べようって」

「わかった。行くよ」

 パソコンの画面をそのままに、アキラは椅子から立ち上がる。思いっきり伸びをすると、上体を強く逸らす。アキラが一気に脱力した時、姉はベッドから立ち上がる。

「アキラお前、ゲーム中は人が変わるな。多重人格か」

「誰でもでしょ。姉ちゃんもヤバいじゃん」

「まぁ、そうだな」

 部屋を出て階段を降りる。リビングから入り、そのままダイニングへと向かう。ダイニングには予想通り、鼻歌交じりに食器を並べる母親の姿があった。

「呼んできてくれたんだね、お姉ちゃんありがとう。ほらアキラ見て。すごいお寿司でしょー」

 マグロやサーモン、イカにネギトロにズワイガニ、ウナギ、イカ、イクラと並び、真鯛までも入っている。もちろんタマゴも忘れなく、目移りする程に豪華だ。

「良いお寿司にしちゃったんだ。お醤油はついてきたから、後はお茶を出さなきゃ」

「やるよ。お母さん、座ってて」

 母に代わって姉がお茶を取り出す。既に並べられたコップを集め、順にお茶を注いでいく。

「そう言えばアキラ、さっき部屋で騒いでなかった?」

「あぁ、あれね。ちょっとゲームやってて、つい」

 姉がコップを順に置く。最後に自分の前にコップを置くと、椅子を引いて腰掛ける。ありがとう、と母は言うと、さぁ食べようか、と続けた。

「そうなのね、ちょっと心配してたけど」

「大丈夫だよ、母さん」

「良かったぁ。ゲームでも部活でも勉強でも、なんでもそうだけど。何事もやるからには一生懸命。勝負するからには全力で一番を目指さないと。中途半端じゃ何をやっても中途半端になっちゃうからね。ほら、食べて食べて。アキラ、サーモン好きでしょ」

 推されて取り皿に乗せる。醤油を付けて丸ごと口に放り込む。口いっぱいに醤油の香りとサーモンの甘さが広がっていく。

「高校になれば部活の種類も増えるもんね。もう決まってるの?」

「ゲーム部に入ろうかなって」

「なら、お姉ちゃんと一緒の部活になるね。色々聞いてみるといいわ」

「そうだね」

 一人黙って淡々と食べていた姉は、おもむろにコップを取り、お茶を飲む。静かに置いて寿司を取ると、そっと醤油をつけた。

「色々って言われてもな。特別な事は特にないけど」

 寿司を口へと運ぶ。少し噛んでから飲み込むと口を開く。

「ウチの学校はゲーム部だけは特殊でね。成績上位者しか入れないかな」

「そうなんだ」

「ゲーム部は人気だからな。制限を掛けなければ学校の半分が入部しようとする程には人気がある。だから成績優秀者上位一割だけに絞っているらしいぞ」

「普通に勉強しなくなるから、とかじゃないんだ」

「それもある」

 言って姉は、また寿司を取る。お茶が無くなったのに気づき、自分のコップに注ぐ。一気にお茶を飲み干すと、コップを置いて立ち上がった。

「まぁ、アキラなら大丈夫だろ。片付けはやるから。アキラ、先にお風呂行ってきな。忙しいだろ」

 姉は食器を集める。

 礼を言って立ち上がると、アキラは浴室へと向かう。

 手早く入浴を済ませ部屋に戻る。途中、お風呂からあがった、の報告も忘れずに。

 好きな別のロボットゲームのスクリーンセーバーでエンターキーを叩く。表示されたテキストボックスに十五文字から成るパスワードを入力する事で、デスクトップを映し出す。

 端末を身に着ける。マウスを取ってゲームを起動し、最後にゴーグルを下ろす。ゲームのロードが終わると、潜砂船のブリッジに出た。

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