第14話

「本当はアンタなんて見捨てても良かったんだけど。ギンジの奴がどうしてもって」

 コックピットがせり出す。

 ベルトを外し、手をつき軽やかに降り立つ。格納庫の仄かな光が照らす中、一人の少女が銀の髪を掻き上げる。見下すように顎を突き出すと、胸の下で腕を組んだ。

「それでお望みの物は?」

 油に汚れたタンクトップにショートパンツといった格好で、額には使い古したゴーグルを着けている。左手首の黒のリストバンドには、白色をした猫の刺繍がなされている。

 やや吊り上がった両の目は、茶色と呼ぶにはやけに明るい。瞳孔も、円では無く。縦に細く裂けたように入っていた。

「改造人間か」

「一部だけね。動体視力の底上げと夜目が効く」

 アキラを余所に退屈そうに腰に手を当てる。片足に寄り掛かるように立つ。小さくため息をつくと、もう一度少女は言った。

「何が欲しいの?」

「あぁ、アルティメットモジュールだ。ギンジの奴に紹介された」

「なんだ。客ね」

 着いてきなさい、と目だけで言って背を向ける。

 アキラは急ぎ後を追う。

「ランクによるけど、アルティメットモジュールは一つでも有れば戦局を大きく覆すことができる。別ゲーでいうところの必殺技みたいなもの。明確な不利を一転有利に、勝利目前を敗北の奈落に叩きこむ。それができるのがアルティメット。お求めのランクは?」

「高ければ高い方が良い」

「そう。ならSランク、と。座って。怪我してる」

 船橋に入る。

 衣服やら、工具やらが散乱する中、少女は這いつくばって部屋の隅を漁る。見つけた、と持ってきたのは赤十字のついた救急セットだ。

「それで。おカネはどれだけもってんの?」

 蓋を開け、中から湿布タイプの応急薬を取り出す。大きさを見て、向きを変えつつ宛がうと、傷に合わせて手で裂いた。

「一万クレジットだ」

「一万」

「そうだ、一万だ。さっき始めたばかりだからな、これだけしかないのは当然――」

 少女は拳をアキラの頬に叩き込む。芯を捉えた一撃は、アキラを椅子ごとぶっ飛ばし、硬い床に叩きつける。冷たい床に転がったまま、アキラは思わず呻く。

「なぜ、殴った」

「傷は多い方が治し甲斐がある」

 椅子を蹴って滑らせ、座るよう促す。

 背もたれを掴んで身体を支えながら、やっとのことで立ち上がる。殴られた頬を擦りながら、アキラはゆっくり腰を下ろす。

「ここには大抵の物がある。燃料、武器、弾薬。バイオパーツや、マギテックパーツみたいな、貴重なパーツも相応に。要望とあらばどんな品でも手に入れる。だからこそ、私を狙う輩は多い。さっきのフルメタルジャケットもそう。マスターのジャストミートは何度ぶちのめそうが、しつこく私を追って来る。そんな私がどうやって貴重な品を守ってきたと思う?」

 まずは弾痕から。

 細く伸びた傷に薬を張る。少女は顔を強く近づけ、しなやかな指で皺を伸ばす。アキラの顎を指先で摘み、顔の向きを変えさせると今度は痣に目を凝らす。

「それはね。この船と共に地中に身を潜めることで、誰からも気づかれず、常に居場所を隠すことで守ってきたの。なのにアンタはここまで敵を連れて来た。私にとってそれがどれだけ危険だったか。あげくアルティメットモジュールをたった一万で譲れ? ありえないでしょ」

 残りの湿布を手の平に乗せ、叩くように貼り付ける。少女は救急セットを音を立てて閉じると、腕組みをして見下ろし言った。

「出て行きなさい。ただし燃料代は払うこと」

「待ってくれ。カネさえ用意できればアルティメットモジュールを譲ってくれるんだな?」

「Gランクね」

「助かる。ビジネスフォン端末を貸してくれ」

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