二
第3話
「おいアキラ、うるせぇぞ。ゲームくらい黙ってやれやクソが」
激しく扉を蹴る音がする。
たった一人の部屋の中、アキラはパソコンを点けたまま机に突っ伏し腕で目を覆う。
「アキラ、おいアキラ! ドアを開けろ。何か言えって」
腕に頬を乗せたまま片手を伸ばす。そして自分のスマホを取ると、ソーシャルメディアを開く。緑色のロゴが出て、直ちに画面が切り替わる。スクロールして友達一覧の中から、姉の名前を見つけると、手早くメッセージを送る。
通知音が扉の向こうから響く。姉はスマホを見ているのか、唐突に静かになる。放っておいて、と送ったが姉はそうはしなかった。
「アキラ。何があった。別に怒ったりしねぇから、言ってみ」
声変わり済みの性別の割に低い声が一転し、穏やかに囁く。アキラは深くため息をつくと、立ち上がり鍵を開けてドアを開けた。
「姉ちゃん」
高校の制服であるブレザーの姉の姿がそこにあった。姉は腰に両手を当てて、片手にはスマホを持つ。髪は綺麗な黒色で、光を受けて艶やかに輝く。
「お前、今日受験が終わったばかりだろ。合格したって聞いたぞ。私と同じ学校だって」
言いながら部屋に入る。ベッドの上に腰を下ろし、後ろに手をつき足を組む。
アキラはドアを閉めると、自分の椅子に力無く座った。
「大丈夫か。無理にとは言わんが言ってみろ。解決できるか分からんが気分は晴れると思うぞ。私のパンツが欲しいでも引いたりしねぇから、言ってみな」
「要らないって」
アキラは言って少し笑う。それを見て姉も笑みを漏らす。
「受験前からロボゲーやっていたんだけどさ。俺はそこそこ強くって、デカいクランのマスターをやっていたんだ。でもさっき久しぶりにログインしたらさ。長い間ログインしていなかったとかで、マスター権限を他の人に奪われちゃって。俺のロボットもそいつに盗られてさ。せっかく最強のパーツを集めたのに」
「なるほど。ギルドを奪われ、自分のデータも奪われました、と。クランを盗られたのはまだ理解できるが、ロボットも取られるとか、ゲームの欠陥じゃないか? 新規とか、ロボット奪われ放題だろ」
「それはまぁ、そうなんだけど」
アキラは言って目を逸らす。
「まぁいいや。で、アキラはそれを取り戻したいと言う訳だ。ならば取れる手段は二つ。運営に通報して対処してもらうのか。それとも自力で取り戻すかだ。奪われた以上、奪う手段もあるはずだ」
「あるよ。でも簡単じゃない。いや、やっぱ簡単かも」
姉は視線で、それは、と促す。
「倒して奪い返せばいい。機体はもちろん、クランのマスター権限だって奪い取ることができる」
「だが一筋縄ではいかない。だな?」
アキラは頷く。
だったら、と姉は右手で拳を作りあげて、左手の平に打ち当てる。口角を上げ歯を見せると、鋭い眼つきに光が宿った。
「ワールド一位のゲーム部エースであるこの私が、お前に手を貸してやろう」
「いいよ、別に。姉ちゃんがやってるゲームとは違うし」
「ゲームなら同じ感じでいけるだろ。戦力は多い方がいい。違うか?」
「そうだけど。これは俺の問題だ。だから自分の力で取り戻そうと思う」
姉はわずかに両目を見開く。何か言おうと口を開くも、何も言わずに口を閉じる。小さな溜め息を突きながらも、姉は静かに微笑んだ。
「そうかい。わかったよ。好きにしな。でも忘れるな。お前の後ろには私がついている。どうしても無理だと思ったら、いつでも私を頼ると良い。必ずお前の力となろう」
足を解して立ち上がる。姉はドアの取っ手に手を乗せる。立ち止まり、肩越しにふり返ると、人差し指を口元に当てながら言った。
「ただし、ゲーム中はできるだけ静かに、な」
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