#2 「存在」を剥がされる

 帰宅してまず最初に維知いちの様子を見に行く。

 大人しく布団で寝ている維知の額には「52」。毎日「1」ずつ減らさられいる維知の「存在」はもう後が無い。

 はじめのうちは何度も「存在」を与えてみた。しかしシジュの教えてくれた「呪い」とやらに阻まれるのか、与えた「存在」は維知に定着しないで少し経つと消えてしまう。

 やはり「呪い」の元凶をどうにかするしかない。そのために毎晩、廃墟あそこに忍び込んで悪霊どもを駆逐しているのだ。

 昇天した霊はもう戻ってくることはないようだが、そもそも廃墟あそこにはあまりにも多くの霊が溜まっている。


 洗面所へ行き、鏡で自分の「存在」を確認する。計算していた通り「79」だから今夜使えるのは「29」まで……しかし俺もすっかり「存在」が見えるのに慣れたな。

 一番最初に「存在」が見えるようになったのはシジュに遭う前、最初に廃墟あそこに行った翌朝のこと。鏡ごしに「18」って数字が見えて、これ俺の寿命かって随分と焦ったっけ。実は「81」でしたってオチだけど。

 シジュと遭ってからは「存在」について色々調べもした。でもわかったのは、カメラやテレビ越しだと見えないこと、死んでいる奴はマイナスなこと、はっきり数字まで見えているのは俺だけだってこと――なんて、ぼんやりしてる場合じゃねぇな。夜に備えて夕飯を食うか。


 リビングへ移動すると、ばーちゃんが維知のお茶碗にラップをかけていた。お粥に、維知の大好きな銀鱈の西京焼きのほぐしたのを入れたやつ。おおっ、今日は半分も食べてくれたんだな。

 維知の面倒を看るためにここんとこ泊まり込んでくれているばーちゃんと二人だけの食事を始める。お袋は夜勤だし、かけるさんは出張だし……再婚してから家族揃って食事できたのは数えるほどもない。俺が頑張らねばと改めて気合が入る。


「ばーちゃん、ごちそうさま。今夜も美味かったよ」


 お袋と二人だけだったときのクセで皿を洗おうと台所に立ったが、ばーちゃんに追い出される。維知のことを気にしてばーちゃんもけっこう疲れているんだから、このくらい甘えてくれてもいいのにな。


 階段を上り、自分の部屋に戻る前に維知の部屋を静かに覗く。

 維知は寝ているようだ。

 枕元にはもう二年生だってのにまだ新品同様のランドセル。本当は小学校に行きたいだろうに。お行儀が良く勉強熱心でモノも大切にする、俺みたいな不良崩れをお兄ちゃんって慕ってくれるし、いやマジ天使。

 そんな維知に悪い影響を与えないためにケンカから足を洗ったってのに、まさかその維知を助けるために再び修羅のケンカ三昧へ戻ろうとは……だが仕方ない。

 「存在」に干渉するには頭に直接触らないといけない。それもむしり取れるのは生きた人間からだけ。人の頭に触れるだなんて、売られたケンカを買う以外に今の俺には手段を見つけられない。

 瑠生子るいこみたいに他人の「存在」を無意識に回復できちまう特殊な奴も中にはいるが、それでも毎晩、廃墟戦場で大量に消費した「存在」を補充するには足りない。一人や二人からではなく多くから少しずついただくようにしないと、今度は俺が毟った連中が幽世かくりよに迷い込みかねない。


 維知がいつこんな状態になってしまったのか、正確なところはわからない。

 ただ、取り返しのつかないことになる前に俺は気づけたし、なんとかできそうな方法まで手に入れた。あの夜、異変に気づけて本当に良かった――妙に寝付けなかったあの夜に。




 深夜、あの夜と同様に部屋の前を足音が通り過ぎる。

 俺は急いで自分の部屋を出て維知の部屋のドアを開ける。ベッドで眠る維知の額には「51」。それだけ確認すると階段を駆け下りる。あの夜同様、維知はパジャマ姿で裸足で玄関の扉を開けて外へ。

 俺もすぐに外へ。門を開け道路へ出ると、最初の夜と同じくもう2ブロック先の曲がり角に維知の後ろ姿。

 俺がダッシュしてその曲がり角に着いた時、維知の背中はまた先の角を曲がるところ。俺は全力で追いかけ、維知はどんどん先の角へと進む。最初の夜から全く変わらないコースと超速。

 それもそのはず、あれは維知の本体から剥がれた「1」だけの「存在」――いわゆる生霊的なものだ。だけどそれが悪霊に取り込まれると維知本体の減った「存在」も減ったまま。そんな「呪い」。


 お袋が維知を最初にうちに連れてきたのは一年前。患者さんの子供を預かったとか言って。大人しくて女の子みたいに可愛いらしい、でも笑わない子だった。

 三年前にお母さんを亡くしてるんだ。無理もない。俺は維知に無理に笑うこたぁないぜって言ってやった。俺も小学生の時に親父を亡くしたとき、そんなだったからって。

 それがどう響いたのかはわからないが驚くほど懐かれて、お袋が再婚を決めた言い訳に使われたほど。

 最初に家族四人で食卓を囲んだ時「本当のお兄ちゃんになってくれて嬉しい」って維知がようやく笑った顔を見た。

 俺は維知のお兄ちゃんだからよ、維知を守るって決めたんだ。


 ずっと走り続けて到着したいつもの最悪最凶廃墟心霊スポット

 維知の通っている、俺の母校でもある小学校の正門手前の角にある廃病院。

 ピンク色の塗料が剥げかけたコンクリート造りの産婦人科部分と、古びた和式の平屋な住居部分とがつながっている廃墟。小学校のこんな近くなのに撤去されないのは、行政代執行で取り壊そうとしたら工事車両が誤って立会で来ていた役所の人をいた事件があったから――それも二回、死者も出てる。

 病院側の入り口よりだいぶ奥まった所にある住居側の入り口は工事用のフェンスで封印されているはずなのに、この時間になると何故か開いている。

 俺は今夜も維知を追って住居側の入り口へと踏み込んだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る