The highlight in the twilight

だんぞう

#1 ちゃんと憑いてこいよ

「なんでだ……どうしてテメェはそんなに強いんだ」

「背負ってるもんが違ぇからだよ」

「俺じゃ黒高ここの頭ァ背負う器じゃねぇってか……だからって負けらんねぇんだよ! 伶依れいッ! 俺にだって背負っているもんがあるんだッ!」


 他の連中はもう起き上がれねぇというのに、モミジだけはふらつきながらも立ち上がる。屋上の抜けた空に広がる夕焼けがモミジの茶髪を赤く染める。いい根性だ。さすが一年の一学期で黒高うちをシメただけのことはある。

 だがな、こっちにも事情ってのがある。

 渾身の一撃を繰り出してきたモミジの額へカウンター気味に拳を入れる――そのインパクトの瞬間に額の数字をむしり取る。

 モミジの額の数字が「82」から「79」へ。これ以上はヤバいな。今日はここまでにしておこう。


「もっと修行してきな」


 俺は屋上を後にした。

 階段を降りて三階に戻ると、瑠生子るいこが心配そうな顔で待っていた。


「伶依ってば! もうケンカは卒業したんじゃないのか!」

「うっせぇな。お前には関係ねぇ」


 黒高の不良どもあいつらがいつ瑠生子を狙うとも限らない。できる限り巻き込みたくはないのだが、こいつはやけに俺に絡んでくる。


「そんなこと言うなよ!」


 ゴスっと鈍い音が俺の脇腹に響く。瑠生子の腹パンは正直、モミジの拳よりも痛ぇ。

 小さい頃、男だと思ってたけど年頃になったら女っぽさを意識しちゃうって幼馴染設定ってよくあるじゃん。瑠生子は違う。スカートを履いたオッサン。胸のある男友達。細マッチョでショートホブで女子バスケ部女バスゴリラエース

 だがありがたいことに、今ので瑠生子の額の数字が「100」から「98」へ。すると俺の額の数字は「81」まで回復したってことか。


「聞いてんのかッ?」


 次の瑠生子パンチはしっかり避ける。これ以上貰っちまうと、あのクソ悪霊どもが見にくくなるからな。


「ああ。お前とのケンカ、やめとくわ」


 放課後の消灯された階段を駆け下りる。薄闇の中にヒトならざるモノの気配を感じるが無視して学校を出る。俺の戦場はここじゃねぇ。

 見上げた空はもう東から夜に呑まれ始めている。深夜までに仮眠を取らなきゃと家路を急ぐ。


『レイ、あそこにいる子、助けたい』


 背後からシジュの声が聞こえて立ち止まった。

 振り返るとシジュの申し訳なさそうな顔。その細く白い腕が指す方向に居たのは一人の小学生男子。公園の二つ並んだブランコの片方に座り、もう片方の揺れるブランコに向かって独り言を言っているように見える。額の数字が「79」ってことはまだ間に合うな。

 本当はこんなところで無駄使いしたくないのだが、シジュからしたら自分と同じくらいの年の子を放っておけないんだろう。仕方ない。瑠生子からもらった分を使うか。

 自分の額から「2」だけもぎ取ると、世界の見え方が変わる。全ての色が薄くなり、夕焼けの赤も宵闇の黒すらも淡い灰色の向こうへと追いやられる。そんな中、ブランコに座った子と、その隣のブランコにうっすら浮き出てきた小学生くらいの女子。

 女子の額には「-1」。悪霊ではないが、これ以上一緒に居たら、あの男子は戻ってこれなくなる。

 「2」を右手と左手それぞれ「1」ずつ分けて、俺はまっすぐブランコへと近づいてゆく。


「もう遅い時間だ。お家へ帰んな」


 そう言いながら二人の頭をそれぞれ撫でると、男子の額の数字は「80」へと戻り、女子の方は……少し哀しそうな顔をしてから姿が滲み、一筋の煙となって空へと昇っていった。


「あれ? オレなんでこんなとこに……うわ、こんな暗い! 母さんに怒られちゃう!」


 正気に戻ったのか男子は慌てて公園を出ていった。

 シジュの方を見ると、切なそうな表情で女子が昇っていった空を見上げていた。


「シジュ。維知いちを助けたら、次は必ずお前だから」

『あんがと』


 シジュはうつむきながら白いセーターの襟を引っ張り上げて自分の顔を半分隠した。

 地面に足がついていないシジュの透けた体の向こうには夏服の人々が忙しなく行き交うのが見える。


「ちゃんと憑いてこいよ」


 シジュは黙って俺のベルトの端をぎゅっと握った。

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