依頼はおつかいに連れ

喧騒から少し離れた街角でどさり、と抱えていた荷物を下ろす。


「流石に少し多いな」


とんとんと腰を叩きながらクレバールはふーっと大きく息を吐き出した。足下ではふたつの袋がいびつな小さな山を形成している。


メルに頼まれた品物は予想していたよりも大きくて重いものが少なくなく、グルナと二人で抱えるのにも少し骨がいった。


確かにこれを持って帰るとなると難儀しそうだ。


休憩がてらメモを取出し、ざっと眺めて自分の買い物に不備が無いか確認する。隣では同じように荷物を下ろしたグルナがおー、と興味津々にでこぼこに変形した袋を眺めている。時折つっついては袋の形を変え、更に目を輝かせていた。


ややあって、顔を上げたクレバールが、グルナにメモを渡す。


「……これで全部か? グルナ、確かめてくれ」

「おう!」


二つ返事で応じると彼女はさっとメモを受け取った。

頼られていることが嬉しいのか、鼻歌を歌いながら袋を開き、ごろごろと出てくる品々をじっとメモと見比べ始めた。ひとつひとつ確実に確かめていく。

たまにふわりと芳しい匂いを放つ果物や魚に気を取られても、ぷるぷると頭を振ってちゃんと数え続ける彼女に、クレバールは少し胸がいっぱいになった。


「……うん、ぜんぶあるぞ!」


少しして、にっこりと嬉しそうな顔でグルナが報告する。出来たことが誇らしいと思っているのが伝わってくる、そんな笑顔だった。


「よし、よくできたな」


思わずクレバールもわしゃわしゃと彼女の頭を撫でる。突然のご褒美に少し戸惑いながらも、嬉しそうにえへへとグルナが笑った。


「さて、そうしたら運び屋にこれを運んでもらうように頼まないとな。結構距離があるし」


取り出した品物をもう一度袋にまとめ直し、手分けして担ぎ直してから街道の先を眺める。台車を引き連れた荷馬車の姿が遠目に見えた。

グルナが不思議そうに首を傾げる。


「? おかねないんじゃないのか?」

「問題ない。量が多いから送ってくれって言ったのはメルだし、ちゃんとその分の金は貰ってる」

「なるほどー」


うんうんと頷くグルナは理解しているのかどうか。苦笑しながら運び屋へ向かった。



往来を行くヒトビトに、我関せずといった様子を見せていた馬が、ちらりとこちらを見る。馬の毛並みを整えていた青年が、その視線を追ってやってくる客人に目を止めた。


青年はいらっしゃいと日に焼けた肌に白い歯をきらめかせながら笑いかけてくる。力強そうな筋肉に良く似合う、頼もしい笑顔だった。


「お久しぶりですね、旦那」

「おう。悪いが、これを『凪いだ海の宿』のメル宛に届けてくれ」

「あいよー!」


威勢のいい声が返ってくる。これまで何度か利用したおかげで、二つ返事で請け合ってくれるのが頼もしい。

荷物を荷馬車に積み込んだグルナが、おおーと馬の周りを興味津々といった風で眺めているのを目の端に捉えながら、クレバールは会計を済ませる。


「はい、ちょうどですね。いつもありがとうございます」

「こちらこそいつも世話になる」

「いえいえー。どうですか最近」

「まあまあだなぁ。特に大きな事件も依頼もないし、平和そのもの」

「いいことですねぇ。ちょっと前まで海賊だなんだってやりあってたのが懐かしいですよ。あ、そうだ。今度少しばかり辺境に荷物を届けることになりそうなんで、その時は護衛を頼みます」

「ああ、任せろ」


近況に依頼。そんな他愛もない四方山話をしている内に、ふとグルナの姿が視界から消えた気がした。振り向けば、馬が呑気そうに鼻面を振っているだけで彼女は居ない。


すまない、それじゃあ荷物を頼む、とおざなりに青年へ告げ、クレバールはきょろきょろと辺りを見回した。往来は相変わらず行き交うヒトビトで溢れ帰っている。


それでも、きらきらと日を受けて輝く銀色の髪はすぐに見つかった。いつのまにか通りの反対側に移動していたのだ。


――やっぱりまだまだ油断ならないな。


気を引き締めなおし、ひとまず見つかったことに安堵しながら声をかけようとしたところで、グルナの前にもう一人、見知らぬ女性が立っていることに気が付いた。グルナは彼女の話をふんふんと熱心に聞きこんでいるようだ。


――まさか、詐欺師の類か?


とっさに身構えた。


彼女らの近くの壁には何かと街を騒がせるお尋ね者の手配書がぽつぽつと貼りだされているのが目に入る。


わずか四年で急成長したこの街は、世界有数の交易都市だけあって、ざっと見ただけ判るほど多種多様なヒトが出入りしている。市場の自由さと引き換えに秩序が緩やかで、ヒトが増えれば自然と悪意ある者が来訪する割合も高まる。先程運び屋の青年が言っていた海賊もその一端だ。


一応警備隊は存在するものの追い付いておらず、クレバールのような者にも仕事が回ってくるのが現状である。


そんな中で銀色の髪、エキゾチックで整った容姿に不釣り合いな竜の翼や尻尾、角を持つグルナは、雑然とした街の中でも十分すぎる程に目立った。更に、竜はこの世界でほとんど表舞台に立つことが無い存在である。そんな希少さという付加価値が、殊更彼女の狙われやすい理由となっていた。


最も、ただ力に任せて誘拐しようとするのであれば、却って彼女の暴虐に振り回され、勝手に自滅するのがオチとなってしまい――むしろ相手の身の上を心配した方が賢明なくらいだ――全く問題がない。注意するべきは口先で相手を誑かす者だ。


良くも悪くも素直で全く人を疑わないグルナは、相手の言葉を深く考えずにあっという間に信じ込んでしまうだろう。


「……」


相変わらず、グルナと女性は話し込んでいる。今のところどこかに連れて行かれそうな気配はなかった。


逸る気持ちを落ち着かせようと、クレバールは一つ深呼吸する。


――まだ、そうと決まったわけじゃない。


それでも半ば駆け足になっていた。


隙にならなければいいが、と努めて冷静に彼女たちの間にスッと割って入ると、クレバールは相手を見下ろす。太陽を背にしたせいか、出来た影が件の女性をすっぽりと覆った。


その中で、彼女は突然の乱入者にびくりと体を震わせる。彼の190cm近い大きな背丈は、十分に彼女に威圧感を与えているようだった。


――それならばちょうど良い。


心のうちで息をひとつ吐き出す。


「おお、クレバール!」とグルナが喜びの声を上げるのを背に受けながら、改めてじっと目の前の女性を観察する。


背はそれほど高くない。グルナとメルの中間で、ややメル寄り。160前半といったところだろうか。艶やかな赤髪を顔の両サイドに流したお下げにしている。見開かれた眼から覗く瞳は小鹿色。そして何より白いシャツに映える褐色の肌が特徴的だった。


――この辺りの人間じゃないのか?


メルや周囲の人間を思い返しても、白い色をしている者が多い。先程の運び屋の青年のように、普段から外に出ているような者は日に焼けて褐色の肌をしていることがあるけれど、それとも違うような気がした。


――グルナと、同じ……?

「あ、あのお?」


ただじっと黙って見下ろしてくるクレバールに女性がたどたどしく小首を傾げる。その瞳にありありと戸惑いの色が浮かんでいた。


「クレバールー? どうかしたのかー?」

「あ。ねぇねぇこの人、グルナの知り合い?」


ぴょこんとクレバールの脇から顔を覗かせたグルナに、女性が身を乗り出して小声で尋ねる。グルナはぱっと笑顔になり、くるりとクレバールの前に躍り出て「そうだぞ!」と勢いよく嬉しそうに答えた。それからぱっと表情を変え、不思議そうに問い返す。


「アイリはしらないのかー?」

「うーん、残念ながらお初だねぇ」

「そうなのかー」


あはは、と苦笑する女性に、少し残念そうにグルナが肩を落とした。ぽんぽんと慰めるように彼女の肩を叩くと、アイリと呼ばれた女性は改めてクレバールに向き直った。先程とは異なり、しっかりとした目線と声をしている。


「それで、旦那はどちら様かな?」


しかし、クレバールはなおも警戒を解かずに、じっと見下ろしたまま問い返した。


「そっちから名乗るのが筋じゃないか?」


固い声に、うわ、やっぱりすごく警戒されてるねぇ、と驚いた様子で彼女がひらひらと手を振る。


「旦那の心配は最もだけど、こっちも怪しい者じゃないよ」


そう言うと彼女はすっと胸に手を当て、くるりと一礼をする。手慣れているようになめらかで、少し大仰な仕草だ。


「あたしの名前はアイリ。この街には旅行で来てるんだ」


そしてにかっと笑う。太陽のように眩しい笑顔だと、不意にクレバールは思った。


「それで、旦那は?」

「……クレバールだ」

「クレバールねぇ、よろしく!」


にこにことアイリが手を差し出す。クレバールははあと一つ溜息をついて、その手を握り返した。少しだけ目線が和らぐ。


「それで、なんでグルナと話してたんだ?」

「そうそう、それなんだけどね……」


「ねこ!」


グルナが勢いよく割って入ってくる。虚を突かれたクレバールが思わずと言った調子でオウム返しに聞き返した。


「猫?」

「アイリねこさがしてるって言ってた!」


ね、と同意を求めるグルナに、アイリもそうそうと頷いて続けた。


「いつも一緒に旅してる相方みたいな猫がいるんだけどね、ついさっき、急に走り出してどこか行っちゃったんだ」


今日は人が多くてびっくりしちゃったのかなぁ、と溜息混じりに肩を落としてアイリが続ける。


「この街には何度か来たことがあるけど、来る度に建物の位置が替わってるくらい入れ替わりと膨張がひどいでしょ? さすがに完璧に土地勘があるって言えなくて、ちょっとお手上げ気味なんだ」

「それでグルナに?」

「そうそう! ぐるぐる当てもなく探し回ってたら、『困ってるのかー?』って。藁にもすがる思いだったからつい事情を話したら『ならあたしにまかせろー!』って言ってくれたんだけど」


そこで言葉を切って申し訳なさそうにクレバールを見上げる。本当に探してくれるのかという疑念が、クレバールにも伝わった。


「ああ、まあ、そういうことなら任せてくれ。一応、万屋稼業をしてる身の上だからな」

「ホント? 助かるよー」


全く変わらない調子で請け合ったのが逆に安心感を与えたのか、アイリがほっとした顔をする。その横で、どういうわけかグルナが腰に手を当てて胸を張り、どうだといわんばかりの顔をしていたが、クレバールは無視した。


「で、探してる猫っていうのは?」

「うん。体は真っ白で、毛は短め。体つきも、この辺に居る猫と比べると大分ほっそりしてるかな。名前はラウレア。ラウって呼ぶと返事をすることがあるから、探す手助けになるかも」

「ふむ。他には?」

「あとは、目がねぇ、オッドアイなんだ。左が黄色で、右が水色。それと首飾りもしてるよ」


ちゃり、とアイリがポケットから紐のようなものを取り出す。滑らかな丸い形をした淡いピンク色の飾りが、きらきらと輝いていた。


「これと同じやつ。ついてるのは珊瑚だから、これも特徴といえば特徴かも」


この辺りってあんまり珊瑚の装飾品って見かけないよね、と確かめるアイリに、クレバールが頷く。


四年前の世界変動であちらこちらで環境の変化が起こったが、その中で最も影響を受けたのは海だと言われている。ことサンゴは影響が顕著で、この辺りにも生息域はあるもののかなり狭く、宝飾品として取り扱うには不十分とされている。

それはどこも似たようなもので、今、市場に出回っているものはほぼ全て、影響を殆ど受けなかった南の火の聖域周辺からの産出品だ。


「まずいな……」


そんな理由もあって、良質なものはそんじょそこらの宝石よりも高値がつく。

早く見つけないと、と呟くクレバールにこくりとアイリも頷いた。

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