第7話

淫売のマギーが目を覚ました時、貨物船は木星にむかって順調に航行していた。兼田博士はコンテナの中にラボ兼居室を作り紛れ込んでいたのだ。コンテナの表示は燃料と書いてあった。

「マサル、ここはどこ」

ベットから出て居室から出てきたマギーは兼田を探した。兼田はラボでサンプルを作成していたのだ。地球のラボで作成したものを改造して作ろうとしていた。マギーが起きてきたのを振り向いた。

「マサル、何をしているの?」

「仕事さ、マギー。目を覚ましたんだね」

「ああ、ここはどこなの。私、帰らないと」

「ごめんよ、帰れないんだ。旅にでたのさ」

「旅って何」

「他のところにいくことさ」

「どこにいくの」

「星のかなただよ」

マギーには訳が分からなかった。教育もきちんと受けていないマギーはどうしたらいいかわからなかった。

「ご飯にしよう、マギー」

「ええ、私、どうしたらいいの」

「俺が、お前を守るから」

「ずっといっしょにいてくれる?」

「ああ、もちろんさ」

マギーはにこりと笑った。

地球では重力があり設備が必要だったが、ここは宇宙だったので、設備は簡易にできた。有機物が手に入りにくいが、ストックは詰め込んだ。


もともとフィリップ大統領からは宇宙空間で自然に動ける人間を作ってくれと言われた。だが、兼田博士はロボットで十分だろうと言うと、いや人間でなくてはならない、と言った。なぜと聞くと、これは人類の一歩になるからだというのだった。

『愚かなことだ、科学が人類の可能性を切り開くと本気で信じている。いや信じているというよりも盲目的に繰り返している。自分のマザーランドを住めないところにしたのも科学じゃないか?』と兼田を思っていた。だからプロジェクトを引き取ることにしたのだ。成功し、決定的なところを封印することでなきものにしようとしたのだ。フランケンシュタインを作るわけにはいかなかった。フランケンは凍結しなくてはならないと博士は考えていた。

今でも博士はロボットでいいと思っている。人間は宇宙では生きられない。人間はそういう風になっているからだ。そして作ってみたが、それは人間ではなかった。宇宙線に耐え、無気圧の中で活動できるその姿が恐ろしく醜く、とても人間とは言えなかった。あれを使ってまた、一儲けするのだろうと兼田は思った。人間は進化していない。

しかしその能力はいずれ人間を脅かすことは間違いなかった。博士にはわかっていた。これは終わりにしなくてはならない。そして逃げることにしたのだ。大切なデータとモノを持って、星のかなたへ。

助手のマリーは、優秀で忠実だったが、残念ながら才能がなかった。彼女では無理だと博士は考えていた。いずれ誰かが実現するかもしれないとは思ったが、その時までじっと姿をくらませていることにしようと思っていた。そしてその時にはその根を摘むために動かなくては考えていた。そこまでにどれぐらいの時間が稼げるかは分からなかった。

フランケン・シュタインを生んだ気分だった。しかしロボットや機械の知能に治められている今、同じ過ちを犯せば人間は滅ぼされると博士は思っていた。

「ごはん、できたわよ」

マギーがいう。

やはり女を連れてきてよかったと博士は思った。

マギーのおかげで正気を保てている。人間はやはり人間だから。一人だったら、この貨物船を爆破して果てただろう。

そうする方がずっと楽だから。でもそうするわけにはいかなかった。この間違いの芽を摘む準備をしなくてはいけない。そういう役割を負った科学者はかつてもいたのかもしれない。でもそれは記録には残らないだろう。ただ自分が特別だとは兼田にはどうしても思えなかったのであった。

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星のかなたに @a--san

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