第6話

マリーとマチルダは南米のビーチリゾートを反重力シャトルに乗ってユーラシア大陸にある政府都市へとむかった。旅客機はもうなく、大陸間の移動は政府がすべて管理していた。このシャトルは大統領庁の持ち物で、世界のどこへも飛んでいけた。また近くなら星へも行くことができた。昔でいう水陸両用のようなもので、地球と宇宙を行き来していた。

シャトルはオゾン層を抜けて光速で航行し自由落下で降下し始めた。その間、マリーもマチルダも無口だった。マチルダはマリーにされたことにわだかまりがあったが、ミッションに沿って進んでいるので何もしなかった。上司であるハン大統領補佐官には連絡しており、マリーの受け入れの準備がされているはずだった。

着いたらその足で、今度は兼田博士を探すために行くことにしていた。博士の手掛かりは乏しかった。明確に逃げるつもりで準備しており、まだ動きがつかめていなかった。

 軍用空港にはハン大統領補佐官が待っていた。ボディーガードにマリーを引き渡し、ハン大統領補佐官とマチルダは同じシャトルに乗り込んだ。

「ご苦労だったな。予定通りいったか?」

「ええ、まあ連れてこれましたので、予定通りでした」

「何かあったのか」

 工作員は南米であったことを話した。ハン大統領補佐官はしばらく考えこんだ。マチルダ工作員は待った。

「一筋縄ではいかない感じか」

ハン大統領補佐官は言ったが、マチルダは答えなかった。マチルダはコメントできるほどに情報を持っていなかった。


マリーはフィリップ大統領のところに連れてこられた。大統領の指示によるものだった。

大統領の私邸に呼ばれて食事の席が設けられた。家畜や植物は希少で、通常の人には海の

ものしか手に入らないが、ここではなんでもあった。


「すまない、急に来てもらって」とフィリップが言うと、「いえ、大丈夫です」とマリーは体を硬直させたまま答えた。

「休暇はどうだった」とフィリップは聞くと、「久しぶりに太陽を見ました」とマリーが答えた。適切に応えたいと思うが出来ている自身はなかった。

「陽には焼けてないな」とフィリップがマリーの顔をみてほほ笑むと、「危ないので、外には出ていません」とマリーは答えた。マリーは自分のそっけない答えにがっかりした。


 生野菜は珍しかった。目をむいて驚いたマリーはほおばった。ビタミンは不足していてタブレットでとるのが常だった。

フィリップはどう話そうか迷っていた。彼にはマリーの弱みを見つけられずにいた。ディールに失敗するわけにはいかなかった。すでに兼田博士は敵の手に落ちている可能性があったからだ。

ステーキが出てくると、マリーは喜んで食べ始めた。海から救い出されたワインもふるまわれた。もはや世界にはブドウ畑はなかった。

「デザートにケーキとはアイスクリームはどうかね」

「アイスクリームですか。名前だけは聞いたことがありますが食べてみたことはないです」

「食べてみたまえ、大変おいしいよ」

アイスクリームを食べるマリーはたわいのない研究者に見えた。どこまで知っているのだろう。フィリップは判断がつきかねた。

「私は遠回しな言い方が苦手でね。率直に言わせていただく」とフィリップは切り出した。

マリーはスプーンを置き、口の周りをナプキンでぬぐった。

「どうぞ、私もその方がいいです」

「私は君と博士がやっていた研究のことを聞きたいのだ」

「博士に聞かれればいいのではないですか?」

大統領は博士が行方知らずのことをマリーが知らないことを初めて知った。そして、どう話を進めるかを決めた。


「いや、彼にはちょっと違うことを任せようと思っていてね」とフィリップがいうと、「どういうことでしょうか。プロジェクトは中止になるんですか」とマリーが答えた。

「いやそういうことではないのだよ」とフィリップが言うと、マリーは複雑な顔をして「ではどういうことでしょうか」と言った。


 フィリップは表情一つ変えずに言った。

「このプロジェクトは君に任せようと考えている」

助手の頬が少し緩むのをフィリップは見逃さなかった。「この女はポストを欲している。こういう人間は扱いやすい」、とフィリップは思った。

「つまり私がプロジェクトリーダーに。でも私にはその資格がまだ」とマリーが言うと、

「いや大丈夫。そのあたりは私がなんとかする」とフィリップは答えた。

「予算とか、人とかもですか」

「そうだ。君の意見を聞きたいのだ。そのために呼んだのだ」


異例のことではあった。だが、他の人間ではだめなのだ。そして博士はいまだ見つからない。しかし博士がいないことはマリーにも言えなかった。

「それで今のプロジェクトはどうなっている?」

「一体のサンプルの作成に成功しました」

「ほう、それは見れるのかね」

「いえ、博士の指示で廃棄しました」

「では、もう作れないと」

「いえ、一部情報が不足していますが、できると思います」

「このことで博士はなぜそのようにしたのかな?」

「わかりません。ただ他言無用と言われました」

「ではデータは?」

「消しました」

「ではプロジェクトは無になったのか?」

「いえ、大体はもとに戻せます」

「でもなんで博士はそうしたんだ」

「いえ、私には、でもあの日はめずらしくちゃんとした格好をしていました」

「変だった?」

「ええ」

「言ってしまったな」

「しかし、これはもう私のプロジェクトだと先ほど言われたので」

「その通りだ。さっそく計画をつくって私のところに持ってきてくれたまえ」

椅子をひき、フィリップ大統領はマリーに歩み寄り、がっしりと握手をした。詳細はハン大統領補佐官にゆだねられた。


その後、兼田博士は探すのではなく、消すという指示がマチルダ工作員に伝えられた。

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