第5話
港には様々な人が集まっていた。海がほとんどになり、反重力が実用化された現在にあっては港は海の近くにある必要はなかったが、海のそばにあった。そもそも陸地が狭くなりすぎて、どこでも海から近かったのだ。
木を隠すなら森に隠せというが、隠れたければ人ごみに限ると兼田博士は思った。人が監視していればそれでもみつかっただろうが、センサーを人間みんなに埋め込んでセンシングできていると思っているが最後、そのセンサが無効化されていれば、見つかりようがなくなった。兼田にはそんなことは朝飯前だった。
兼田は追われる身であったが、おとなしく隠れているかといえばそんなわけもなく、夜な夜な飲んだくれていた。やけになったというわけでもなく、船が出るのを待っていて暇にすぎなかったからだった。
「マサル、あんた何やってんのよ」
「マサルって誰の事?あ、俺か」
兼田博士はここでは自分のことをマサルと名乗っていた。そして淫売のマギーといっしょだった。マギーは港のサロンのホステスだった。金はツケで払わないので港のサロンのマスターに「マサルにはりつき、集金してこい」と言われ、付きまとっていた。
「あんた、ひどいわね。本当に」
「そんなことないだろ。どうってことないだろう」
たわいのないことを言いながら、シャトルの中でまぐわりながら南の倉庫にむかっていた。
今夜は出発の日だった。もちろんマギーには言っていない。踏み倒す気だったからだ。マギーのバックにはロボットに率いられた阿保どもがついているが、国に追われる身であってはもはやどうということではなかった。
「マサル、どこに行くのよ」
シャトルは地下トンネルに入った。時々窓から街灯のあかりがちらつくが、車内のイルミネーションが宇宙にでもいるような感覚を呼び起こした。
「マスターの借りを取りに行くのさ、マギー」
「マサル、それ本当のこと」
「本当さ、マギー。乾杯しよう」
博士は紫色に輝くボトルを取り出し、一本マギーに渡した。
「俺たちの明日に、マギー」
「ああ、マサル」
そしてマギーは紫のボトルを飲み干して眠りに落ちた。兼田はマギーの体をマイクロロボットでスキャニングして、首の後ろに埋め込まれたセンサを見つけた。マイクロロボットは耳から潜り込み首の後ろまでたどり、センサを無効化した。そしてそのかわりにダミーのセンサを埋め込んだ。何もないと怪しまれるからだ。マギーはそのことを知らない。目が覚めた時には宇宙のかなたにいるが、今と見た目は変わらない。港外れのトンネルを走っているのと見分けがつかない。
元々は一人でいこうと思っていた。いや、助手のマリーを誘おうと思ったが、マリーとは肌が合わなかった。まな板のような女で寒々しい気持ちにさせられた。女は、理屈ではなく他では得られないものだった。博士は思った。所詮人間は人間だと。女がいなくて何の人生かと。マギーがどう思おうと別に構わなかった。裏切られて殺されてもかまわなかった。ただ脳たりんの女も博士は切望していた。何せ宇宙は寒すぎる。人肌が恋しくなる時はくる、と思っていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます