第3話


地球は地表がほとんど水没したので、ユーラシア大陸の中央高地と中南米以外は陸地がなくなっていた。

水没した海洋都市を使い続けようということも試みてきたが、水圧の力は強くてうまくいかなかった。水没前の状況を忘れられないという人は仮想現実の世界に精神的に没したり、機械により自害した。

しかし、新しい環境でも生き続ける人間はいるもので、大量に製造したクローンでの殺し合いの結果、一つの国家に統一された。資源が乏しいために統一国家外の文化圏には物資がいきわたらず、取り込まれ、あるいは死滅していった。

レジスタンスは存在できなかった。人工知能による殺戮は徹底的なもので、盤上の駒を容赦なく駆逐していった。

そして、人類は新たなフロンティアに向けて乗り出していった。二十世紀から秘密裏に開発されていた月の裏側の基地を足場に使いながら、遅いながらも多数の宇宙船が送られ、可能性を模索し続けた。惑星ではなく恒星や衛星も探査された。

選ばれた人間ばかりが宇宙に行くわけではなく、無法者も多かったが、過酷な世界に乗り出す愚か者は必要であり、野放しになっていた。


 工作員のマチルダ・ベローロはハン大統領補佐官の指示でプロジェクト担当の兼田博士とマリー助手を探す任務に旅立った。マチルダは特殊部隊出身の元軍人でハンに抜擢されて大統領側近のチームに参加していた。任務はいわゆる汚れ仕事一般でスパイ行為、暗殺、破壊工作などなんでも行った。今回の任務は二人を見つけてフィリップ大統領の元に連れていくことだった。ハンには決して二人を傷つけてはならないと言われた。二人がどのような人物なのか敵は何なのかをハンに聞いたが、教えてもらえなかった。そして、捜索の際に知りえたこと調べることや協力者を依頼することは禁止された。ただ、単独で動き、二人を無傷で連れてこいというだけだった。マチルダはうなづき、捜索を開始した。任務は目的が明確ならそれでよかった。疑問を持つことは必要ないことだった。


兼田博士は周到に逃亡の準備をしたらしく、手掛かりはまったくつかめなかった。しかし助手のマリーは無防備に休暇に入っていた。中南米のリゾートは、かつては高地の遺跡があった場所でマリーはそこにいるようだった。

マチルダの乗った軍用機は半重力の高度まで飛び上がり巡行した。オゾン層がなくなったので、飛行機の航行が変わった。そして一般人が乗るものではなくなった。

 中南米のリゾートに軍用機はホバリングして着地した。反重力の技術により滑走路がいらなくなったのだ。軍用機を降りると、フロントまでチューブ状のシャトルにのり、圧縮空気であっという間に着いた。政府機関の特殊なパスポートを見せて支配人を呼び出した。支配人の種田はマチルダを別室に通した。

「お疲れさまでした。旅はいかがでしたか」

「ありがとう、快適でした」

サービス係がお茶を出してきた。ユーラシア大陸ではお目にかかれないものだった。サービス係が部屋を出るのを待って、マチルダは話しはじめた。


「顧客名簿を見せていただけますか」

「お探しの方がいれば、私どもが探します」

「いや、だれを探しているかも話せないのです」

「どのようなご用件でしょうか?危険なことですか?」

「申し訳ないですが、何もお話しできないのです」

「なぜですが」

「機密性高い事項なのです。こちらのリゾートにはご迷惑はおかけしません」

「だれかつけましょうか。女性の方一人では何かと」

「いや、結構。数日で済むはずです」

種田はマチルダの顔をまじまじと見ていた。厳しい表情をした女性で、ひ弱な感じはしなかったが、お尋ねものに対処できるとは思えなかった。しかし身分証を見ると、内部統制部門の人間のようで、援軍が来るのかもしれない。助けは邪魔というわけかと考えた。

「では、部屋を準備しますので、そこでお調べになってください」

「ご協力感謝します。カメラのない部屋でお願いします」

種田は頷き、人を呼んだ。やがて、二人の屈強な警備員がやってきて、マチルダを連れて部屋を出た。支配人は去っていくマチルダを見ていた。いったい何事だ。

部屋はエレベータで上がった四階にあった。マチルダが部屋に入ると、警備員はドアの外に立った。そして「何かご入用だったらいってください」といった。マチルダはお礼を言って、部屋を見渡した。

窓のない部屋を予想していたが、オーシャンビューの部屋だった。種田の用意した情報端末は窓際にあった。

マチルダはカバンを開けて、マイクロロボットを八体放った。部屋の機密性を調査するためだった。昆虫に似せたそのロボットは家具の中をはい回り、あるいは飛びながらセンサで盗聴、透視器具を探した。数分後戻ってきたマイクロロボットのレポートによると、小型のセンサとカメラが数個見つかったが機能不全にしたというものだった。バックに戻って充電器の上にとまったマイクロロボットは巣に帰った昆虫のように静かになった。

次に情報端末を確認した。プラグの様子を確認してから、小さなドライブを接続した。ドライブは機器を調査し、モニタソフトを無効化した。これでサーバーへの情報は秘匿化された。

情報端末に助手のマリーの名前を打ち込んだ。出てこなかった。さすがに本名ではないかと思い、プロフィールを使って検索した。数名の候補から簡単に特定できた。

ここから数キロ南の棟にいることが分かった。時計をみると今はちょうど昼時だった。端末の操作履歴を消去して、部屋を出た。

警備員にレストランの場所を聞いた。それから、「もうついてこなくていい」と言った。「支配人に一緒にいるように言われている」と男たちは言った。「仕方ないわね」とマチルダは独りごちた。

三人はエレベータに乗り込んで、最上階に向かった。最上階にはレストランが並んでいた。最上階についた時にはエレベータを降りたのはマチルダ一人だった。警備の男たちはエレベータの中で倒されていた。


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