親友をどうにかして〇したい俺と何とか逃げ切りたい僕

@okamoto45

[前編]




   ◆   ◆




「感情は嘘をつく、理性は境界的きょうかいてきなものだ、けれど世界は弾力をもってその歪みを受け入れている」


「そう…」



 俺は気のない相槌を打った。

 幼馴染の茶金色ちゃきんしょくな前髪が夕陽に透ける。



「政治家の汚職もそうさ、その波及を世界は組織構造そしきこうぞうで分散し、実態を隠しながら表面上は平穏を保っている」


「このハニークリームキャラメルフラペチーノ美味いなぁ」



 視線はそんな幼馴染、叢雲むらくもユウの童顔を外れて手に持つはちみつ色のドリンクに注がれていた。

 甘みが脳に心地いい。



「──けれどそれらの一部は告発、もしくは暴力的な手段で世間に明るみにされることもあるよね?」


「店員さーん、追加の注文いいですか?」


「……あるときは個人的な恨み、またあるときは正義感によって」


「8種のチョコレートケーキセット一つ、飲み物はコーヒーで砂糖とミルク4つずつでお願いします」


「繰り返すけれど、理性は境界的なものだ。簡単に踏み外せる」



 ウェイトレスに注文を終え、ケーキが届くまで、どのくらいのペースでこのドリンクを繋ごうかと考える。


 ストローの端を噛んだ。



「……不思議なものだよね。世界の構造は単純じゃない。そうして槍玉に挙げられた議員は別の側面で均衡を保つ側ってこともあるし」



 髪伸びたなぁ。

 また前髪切らねぇと…。



「まあ、人間は感情の生き物だからそうした『清濁せいだく合わせ飲む』をするのはなかなか難しいよ」



 お、きたきた。


うーん。写真で見るよりも美味しそうだ。



「そりゃ、人生嫌な奴と付き合っていかなきゃならないときもあるだろうさ。…明らかに女子をえこ贔屓ひいきしてる癖して僕やユウジを蛇蝎だかつの如く毛嫌いするうちの教授とかともね」



4層構造のスポンジの間にそれぞれ別の種類のチョコレートを使っている。その上にチョコソースをふんだんにかけて、チョコチョコチョコのチョコまみれだ。


 さっそくフォークを差し込む。



「でも人間はいっときの怒りに支配されて自分を見失い、すがれるような大義名分があれば感情を抑えられない」


「この店当たりだわ」


「──とても愚かしいと思わない?」



 ──とても美味しいと思った。


 甘みの暴力だがしつこくない。

 どんどん進むな。

 口溶けもまろやかだ。

 舌で転がせばじわりと崩れる。



「けれどそこをぐっと堪えてゆるすこともまた必要なことだ。──ユウジ、感情を制御することは人類の進化だよ」


「ごちそうさまでした。…んで?結局何を言いてぇんだお前は?」



 フォークを置き、俺はこいつのまどろっこしい二の句を聞いてやる。そして親友は神妙な面持ちで──



















「──僕のせいでユウジが退学されそうになってることを許してくれないか?」


「──よし、死ね」













 俺は笑顔でフォークに殺意を込めた。


──クソがッ!!避けやがった!!


 飛び退いて「殺す気か!?危ないじゃないか!!」と全力ダッシュで逃げるユウ。


 殺す気だよ?

 俺は背中を追った。



「お客様!?お会計──」



 5000円札をテーブルに叩きつけ、「釣りはいりませんッ!!!」と叫び全力ダッシュで大通りを駆け抜ける。



「悪かったよ!!!まさかちょっと大学公式サイトのトプ画を変更しただけで教授があんなに怒るとは思わなかったんだ!!」


「ふざけんな!!そのせいで俺は入学早々に退学するかもしれないハメになったのか!!!何事かと思ったわ!!」


「まさかコンソールを特定されるとは思わなかったんだよ!」


「備品でログインすればID履歴が残るに決まってるだろ!!」


「元はと言えばユウジが僕のPCを勝手に売ったから──!」


「今すぐお前の首を手土産に無実を証明する!!」


「怒りをコントロールしてっ!」


「ちょこまかと逃げんじゃねぇ!」



 横道に逸れ、入り組んだ路地を何度も曲がり、ダークグレーのカーディガン を目印に追いかける。


 突き当たりのT字路まで消えたクズ(※叢雲ユウ)を探すが──



「──くそ!見失っちまった!!」



 左右に首を振ったがユウの姿は見えない。

どちらに曲がったか特定できない以上追跡は不可能だろう。



「あの野郎…、次見つけたらタダじゃおかねぇ…」



 ガキの頃からの幼馴染、叢雲むらくもユウ。

 綺麗な髪色に、線の細い童顔どうがんの、人受けの良い顔立ちだが頭はおかしい。


 苦々にがにがしく呟き、俺は路地裏を後にした。




  ◇   ◇




──行ったかな?


 僕は、慎重に周囲の様子を確認し、束ねた廃棄用はいきようの段ボールの後ろからそろりと抜け出した。

 ウルフカットの長い黒髪、大きなピアスを着けた悪魔(通称、天羽ユウジ)の姿がないことを確認し、大きく息を吐く。


 あとは大学まで逃げ切れば当面、命の危機は脱するだろう。

 ユウジは教授に狙われているから大学構内には入ってこれないはずだ。



「どうしようかなぁ…」


 白い漆喰しっくいの壁を背もたれにして座り込む。

 途方に暮れた。


 それにしても不幸な事故が重なってユウジに罪をなすりつける形になってしまった。


 『ごめんね?いいよ♪作戦』も失敗してしまったし、ユウジの誤解を解きつつ僕も傷つかない作戦を考えないと本当に殺されかねない。


 けれど申し訳ないという気持ちは殆どないや。


 あいつは半年前、「割のいいバイトがある」と僕をカニの密漁船に騙して乗せたのだ。

 国境を超えて逃げるのは大変だった。

 ボブが居なければ確実に死んでいた。


 天羽ユウジ、頭はおかしい。

 勝手に僕のノンアルコールビールを飲むしろくな奴じゃない。


 日はだんだんと傾き、夜の闇が陣地を増やしていく。


 心模様こころもようは雨模様だ。




 ◆   ◆




 どうするかなぁ…。


 ユウを殺してその首を擧島教授に捧げる『生贄作戦』は一旦中止だ。


──それよりも目の前の状況をどうするか、だ。


 路地裏の出口に女の子が1人、背中をこちらに向け座り込んでいる。

 何かを探しているのか地面をキョロキョロと見渡していた。



「えっと、…お嬢ちゃん?」


「きゃあっ!」




 やっぱり驚かれた。


 急に声をかけられて

小学生くらいの少女は尻餅をついてしまう。


 とはいえ狭い路地裏に座り込んで道を塞がれていたので大通りに出るためには声をかけて退いてもらわないといけない。


できる限り優しげに声をかけたつもりだったんだけど──、



「──っと、ごめんな…、大丈夫か?」


「うゅぅ……」



 すぐに駆け寄って手を差し出し、背中を支える。


 濡羽色ぬればいろの髪を肩口で切り揃え、うさぎの髪留めをしていた。強めにぶつけたのか痛そうにお尻をさすっている。



「もうっ!なんなの──ひゃうっ!?」



 そして俺の顔を見て再度、悲鳴を上げる。

 悲しいね。


 俺は誤解を解くため冷静に「いやっ…俺っ…怪しい奴じゃ…っ、お兄ちゃん怪しくないよぉ…?」と振る舞った。


 ヤバい。

 明らかに挙動不審になっちゃった。

 通報されるかな…。戦々恐々としていると、


 女の子は勝気な釣り目で驚いたように俺の顔をじーっと見つめ…、


 ……?


 なんだろう?



「なんでもないっ!驚いちゃってごめんなさいね!」



 なんでもないらしい。


 そう言って八重歯やえばを覗かせハツラツに笑う。

 最初は気の強そうな印象を受けたがなんていい子なんだ。

 人に罪を擦りつけ逃げるユウとは大違いだ。


 女の子は俺の手を取って立ち上がり、何度か衣服についたほこりを払った。



「えと、えと、…お兄さん!わたしね?ちょっと聞きたいことがあるわ!」


「聞きたいこと?」


「そうっ!……えぇとね、ここら辺で布のバックに入ったクマさんのぬいぐるみ、…見なかった?」


「ぬいぐるみかぁ…。ごめんな、お兄ちゃんちょっと罪人ユウを追いかけるのに必死でよく見れてなかったな」


「そっかぁ…」



 愛されて育ったのがよく分かる天真爛漫てんしんらんまんな笑顔。

 それが風船がしぼむみたいに元気が抜けていく。


 うーん。

 どうだったかな。


 アゴに手を当てちょっと前の記憶を掘り起こす。

 困ったな。

 怯えて自己保身の言い訳をするユウの情けない表情かおしか思い出せない。



「ぬいぐるみ、落としちゃったのか?」



 腰をかがめ、目線を合わせ、努めて警戒されないよう振る舞う。

 女の子は若干、怪訝けげんながらも答えてくれた。



「そうよ…。手芸部で作った、お母さんへの誕生日プレゼント…」


「そっか、手作りなんてお母さん喜ぶだろうに、残念だね」


「えへへ、頑張って、おっきいぬいぐるみ作ったんだけどね…」



 空元気だろう。

 そんな大事なものを落としてしまったのならショックなはずだ。



「いつもは通らないんだけど、えと、お母さんの誕生日で早く帰ろうかなって近道しちゃったのです…あはは、大失敗っ」



 ありゃ、

 そんな日に限って運悪くぬいぐるみを落としちゃったのか。

 両手をぎゅっと握りしめ、笑って気丈に振る舞う少女の姿に心が痛んだ。


 可哀想とは思うが…、

 このご時世だし、俺が不審者と間違われてしまっては──



「それじゃ、るるもう行くね?罪人さん捕まえられるといいね♪」



 ──いや、仕方ない。


 走り去ろうとする小さな背中を俺は呼び止めた。



「──落としもの探し、俺も付き合うよ」


「うゅっ!?…お兄さん?」



 刺すような視線を感じながら俺はコクリ、と頷く。

 

 女の子も不安だったのだろう。

 笑顔で、ピョコピョコと小さくジャンプした。



「ちなみに俺は不審者じゃないよ。天羽ユウジ、よろしく」


「るるは”よっ!えへへっ、ありがとね!顔が怖いけど優しい不審者のお兄ちゃん♪」



 子供は純真で残酷だね…。

 でも泣かない、お母さんとの約束だから…。


 どうせ大学にはしばらく戻れないし、ちょっとだけこの娘に付き合って、家に帰るように諭すとするか。


 



   ◇   ◇





「おい叢雲ッ!!──ちゃんと僕の話を聞いてるのかっ!」



 ──はいはい聞いてますよ。


 清潔感せいけつかんの無いよれた白衣にぶよぶよ太った体型の擧島あげしま教授。

 まだ30代だというのに頭髪に見放された哀れな教授。


 公開お説教中の僕は気のない返事を返す。


 あーあ、注目されちゃって。


 クスクス笑いで後頭部に指さされてるのに気づきもしない。



「まあまあ、こんな人の多いところで…、他の学生の皆さんが見てますよ?」


「そんな有象無象ていのうどもなんてどうでもいいんだ!!それより天羽あまはねのバカはまだ見つからないのかっ!?」



 そういう態度が自分の首を絞めているのに気づかないものなのだろうか?


 小汚い唾を避けながら、冷めた目で大学の天井を見る。悪評は広まってるし、いまさらカツラがバレたところでなんだって言うんだ。



「くそっ!僕はイギリスの名門校を卒業したエリートなんだぞっ!」


「さすがです教授」


「なのに羽々切のやつ…、よくもあんな出来の悪い合成写真を大学の公式SNSに載せるなんて……」


「仰る通りです教授」



 実はそれ僕がやりました。

 なんていったらどんな顔をするかな?


 とにかく擧島あげしま教授は評判が悪く、セクハラやら学生をこき使うやらろくでもない。


 なんなら僕とユウジが新入生の被害者ナンバーワンだろう。

 雑用係兼、ストレス解消用のサンドバックだ。


 僕は上の空で嵐が過ぎ去るのを能天気に待つ。

 夏の訪れがもうすぐなのか、夜なのにクーラーの効かない廊下は少しだけ暑かった。



「とにかく僕は来月の学会に発表する論文を書くのに忙しい!!だからお前が天羽を僕の前まで連れてこい!!分かったな!!!」


「らっしゃっせー」



 それをしちゃうと僕はユウジに殺されるんだよね。

 逆に教授を無視すれば風当たりは強くなる一方だろう。


 前門の教授、後門のユウジか…。


 最悪だ。


 まあ身から出たさびなんだけど。





◇   ◇





「大変だったね〜、またハゲ島教授でしょ〜」


「お前は普段の行いが悪いからだ。これに懲りたなら少しは大人しくすることだな」



 同じゼミの雁夜かりやくんと夕暮ゆうぐれさんと一緒になった。

 2人はサークル活動の帰りらしく、テーブルで夕食をしているところにお邪魔させてもらう。

 彼らのメニューはシェフが作った高級フルコース。

 僕は持ち込んだパンの耳。



「格差社会に泣きたくなるね」


「「?????」」


「や、なんでもないよ」



 ぽやぽやしているいつも眠たげなボブカットの夕暮さん。

 一見、冷淡な印象を受けるがめちゃくちゃ面倒見のいい銀縁メガネの雁夜くん。


 2人とも上流階級の御曹司とご息女様。

 そのうえ、成績もトップの首席コンビ幼馴染、もはや笑える話だ。(僕なんてユウジだぞ?)


 らしい天然と、どこか浮世離れした会話をするから見ていて面白い。



「…しかし天羽のヤツ、とんでもないことをしでかしたものだ…」


「まさかハゲ島教授のカツラがずり落ちるところを大学のホームページに載せちゃうなんてね〜っ」


「ははは。ほんとにバカだよね、ユウジって」



 ちなみに2人はハゲ島というあだ名を本名だと勘違いしている。やっぱり天然だ。



「何を他人事ひとごとヅラしているのだお前は、どうせユウも一枚噛んでいるんだろう?」


「あはは、バレてた?」


「えへへ、だってユウジくんとユウくんはいっつも一緒だもんねっ」


「そっか、死んでくるね」


「ど、どうして?!」



 そんなの僕がユウジと同類に視られているからに決まっているだろうに…。

あいつは僕を騙してカニ漁船に乗せた男なんだよ?あのときは本当に死ぬかと思った。



「え、と…そんなことよりね…ユウくん…」



 そんなこと?

 僕の生き死にはどうでもいいの?



「そうだ。そんなことはどうでもいい」



 どうでもいいみたいだ。


 ……?


 どうしたんだろう。

 そんな深刻そうな顔をして。

 2人はおずおずとしている。



「えっとね…、その、ユウジのこと…」


「いや、俺から言おう夕暮。──ユウ…。噂ではハゲ島はユウジを退学させるつもりらしい」


「あぁ…」



 なんだ、その件か。身構えて損した。

 大学の経営会議に参加している雁夜くんがたまたま小耳に挟んだ、という話を聞かされる。(ほんとに学生?)


 教授への意趣返しのつもりだったけどいかんせん着火剤がデカすぎたみたいだ。


 怒るだろうなーとは思ってたけどまさか退学までさせるなんてなぁ。


 パンの耳は味気ないな…。



「ユウくん、顔色わるいよ…」


「2人は幼馴染だからな、思うところがあるのだろう…」



 3日連続で同じ味、吐き気が止まらないや。



「でもさあ?雁夜くん。教授が勝手に生徒の退学とかって決められるのかな~?」



 僕がぼんやりしていると、斜め上を見やり、夕暮さんは疑問を口にした。

 すでに山盛りのナポリタンは影も形もない。

 幼い印象を与える曲線美の頬に人差し指をしっとりと添える。



「それはそうなんだがな、夕暮。ハゲ島教授は特別なんだよ」


「どゆことやぁー???」


「ふんっ…お前に言った所でどうせ1ミクロンも理解などできん!時間の無駄だ」


「あっ!カーくんひっどいっ!!パンケーキ分けてあげないんだから!!」


「まだ食うのか…お前は…」


「世の中いろいろあるってことだよ。夕暮さんは雁夜くんにくっついていれば将来安泰だから、気にしなくて大丈夫」


「ちょ──おい、ユウお前な…」


「あいな〜っ!くっついてるね〜〜っ!」


「!?!?ちょっ!!ハルちゃん…っ!?」



 快活な彼にしては歯切れの悪い様子だったので助け舟を出した僕はなんて気の利くやつなんだろう。

 夕暮さんに飛びつかれて雁夜くんは気が動転したのか真っ赤になった。


 そのまま3人でしばしの団欒に興じた。



「叢雲くん?お食事?のところ悪いんだけれど…今、大丈夫かしら…?」



 ユウジに黙祷を捧げ、パンの耳をもさもさしている僕に青い髪を後ろで束ねた女性が声を掛けてくる。


 気弱な雰囲気ふんいきでいつもカーディガンのそでをつまんでいるのが印象的な人。大学職員の昏鳴くらなりさんだった。



昏鳴くらなりさんでしたか。珍しいですね。本棟まで足を運ぶとは」


昏鳴くらなりちゃんだ〜♪こんばんわ〜♪はいたっちー!」


「ふふ、……これでいいかしら…?夕暮ちゃんはいつも元気ね。雁夜くん、叢雲くんもこんばんは…」


「えと、昏鳴さん?何か御用ですか?」


「あっ、ごめんなさいユウくんっ、──擧島あげしま教授からなにか書類を預かっていなかったかしら…?明日までにどうしても必要なんだけれど…」



 謝るようなことじゃないんだけど。

 僕とユウジはだらしない教授の代わりに事務仕事をやったりするからこの綺麗な事務員さんとは付き合いがある。


 というかまた擧島教授か…。

 そもそも新入生に事務仕事させるなよ。



「うーん。僕は何も。すみません。たぶん教授に直接聞いた方が早いかも…」


「そう、…そうよね…。ごめんなさい、ユウくん擧島に信頼されてるみたいだったから…、お邪魔してごめんなさいね?」



 そう言って昏鳴さんはパタパタとスリッパの音を立てながら背を向けて、いや、──ピタリと止まり



「雁夜くんと夕暮さんはお迎えが来るから心配ないけれど、ユウくん。夜の一人歩きは十分気をつけてね…」


「ははっ、だってよ?」


「ユウくんは女の子みたいだもんね〜♪」



 余計なお世話だい。



「それにほら…、あなた達は…、事情が『特殊』だから…心配だもの…」


「あはは。心配してくれてありがとうございます」



 僕は如才なく返す。

 なるほど、『特殊』か。


 僕らは学費も自分たちで払っているし保証人も居ないのだから、確かに昏鳴さんの心配はもっともだ。

 そもそも高校に行ってないし。


 プライベートな話題だけにアセアセと言葉を選ぶ昏鳴さん。

 別にそんな気を使うこともないんだけどな。


 僕は首を触る。



 「何かあったら相談してね…?」と言い残し、今度こそ薄幸はっこうの事務員さんは走り去っていった。


 いい人だ。

 それにしても暗い顔だったな。


 僕の内心を察したのか夕暮さんが手で口を覆い、耳に寄せ、内緒話を、



「昏鳴ちゃんね…、ハゲ島教授にセクハラされてるんだって…」


「えっ?そうなの?」


「うんっ、嫌がってるのに肩に手を回して…、独身だって噂を聞いてすぐだよ」


「そっか、じゃあ悪いことしちゃったかな」


「今日も誕生日だというのに教授に仕事振られたんだろうな。子供が誕生日プレゼント用意してくれるんだってあんなに喜んでいたというのに…」



 雁夜くんも眉を顰めて嫌悪感を露わにした。


 それで元気がなかったのか。

 いや、元気が無いのはいつものことなんだけど。

 今日は輪をかけてそれが酷かった。


 しかしほんとうに笑えなくなってきたな…。

 どうにか処理できないものか。


 すると僕に明案がひらめいた。



「ユウくんっ?」


「ごめん2人ともっ、僕ちょっと用事できたっ!」



 そう言って足早に駆け出す。


まずは昏鳴さんを追いかけなくちゃ。

あとはユウジにも協力頼んで…。

いろいろ準備も必要だ。



──うん、まあとりあえずやってみよう!





 ◆   ◆




「不審者のお兄ちゃん?電話おわった?」


「ああ、ごめんな。るるちゃん。あとお兄ちゃんは不審者じゃないよ」



 ユウから電話が来たときには何だと思ったが、


 ──なるほど、かなり強引だが面白いこと考えたな。

 上手くいけば俺の退学も白紙にできるだろう。


 落としてしまった母親への誕生日プレゼントを探す少女。

 邪魔にならないように、と離れていたメスガキが駆け寄ってくる。



「こっちには落ちてなかったの…、やっぱり大通りで落としちゃったのかなぁ」


「うーん。でも角の本屋に立ち寄った時にはあったんだろ?」


「そう…、そうなの…」



 不思議だな。


 るるちゃんは本屋を出て、すぐこの小道に入った。

 本屋に置き忘れた訳ではないのは確認済みだ。

 だから路地裏で手からすり抜け落としてしまったのだと思ったらしい。


 たしかにそれならすぐに見つかってもおかしく無いのに。


「──るるちゃん、やっぱり探すのは明日にしよう?」


「でもプレゼント…」



 そうつぶやいて、肩を落とし、しょんぼりしてしまった。


 あたりはもう暗くなってきている。

 さすがに限界かな。

 これ以上は万が一もある。


 けどなぁ…。


 るるちゃんは俺の手を握り今にも泣き出してしまいそうになっていた。


 上目遣いで「どうしよう…?」と目で訴えかける。


 どうしよう…。


 どうしたもんかなぁ…。


 お母さんの誕生日、今日なんだもんな…。



「ぬいぐるみはお兄ちゃんがもう少し探してみるから、お母さん心配かけちゃうし、るるちゃんはもう帰ろうぜ。…ね?」


「でもおかあさん、いっつも夜遅くまで仕事してて…、最近疲れた顔が多くなって…」


「元気付けてあげたかった?」


「うん…」



 やっぱりダメか…。

 涙声のるるちゃんはぬいぐるみを諦めきれない様子だ。ブレザーの袖でぐしぐしと目を擦った。


 俺はチラリと周りを見渡す。


 ほんとに困った。

 なんとか納得してもらう方法はないだろうか?


 俺は少し考え、るるちゃんの正面に屈んだ。苦肉の策だけど…しょうがない。



「お兄ちゃん?」


 キョトン、としたるるちゃんに「ちょっと待ってね」と断りを入れ、首元のネックレスを外してロケットを開き、中の写真を爪でガリガリと削る。


 そして綺麗になったそれをるるちゃんに差し出した。



「これ、お兄ちゃんのペンダントなんだけどさ、るるちゃんにあげるよ」


「えっ?こんな綺麗なの、貰えないよっ」



 苦しい言い訳だが、……通るか?

俺は慣れないことに声が上擦りながらも絵本を読み聞かせるように優しく説得する。



「よく聞いて?まずお母さんにそれをプレゼントだって渡して……、そうだな…、お兄ちゃんがそのペンダントに魔法をかけたから…。今日の『夜9時』にプレゼントが現れて──」


「お兄ちゃん、何言ってるの…?」




 ──だよね。


 苦しいなぁ…。

 さすがに苦しいよなぁ…。

 お兄ちゃん冷や汗止まんない…。


 だからそんな不思議なものを見る目をしないでくれよ。心が擦り切れそうだよ。



「で、でも信じてあげるわっ!るる、お兄ちゃんは信じてるからっ」


「ありがとね…るるちゃん…」



 はっ、としてアセアセ取り繕うるるちゃん…。


 俺は小学生の気遣いに乗っかることにした。

 情けないね…。

 聞き分けのいい子で助かった…。



(9時まであと2時間か…、あんま時間ねぇな)



 俺はその後、るるちゃんを家まで送り届け、ユウの作戦遂行のために夜の帳が降りた大学に向かう。


 るるちゃんを悲しませないこと。

 俺の退学を何とかすること。

 ユウを血祭りにあげること。


──やることは山積みだ。
















 『



 ユウの提案はとてもシンプルでだった。

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