第70話 積み重なった気持ち

 日頃のお礼と、色々と迷惑をかけたお詫びということで、小白と一緒に選んだプレゼントを両親へと贈った。それなりに喜んでもらえたとは思う。が、よくよくリアクションを思い返せば母さんに関しては『小白と一緒に選んだ』という部分がたいそうお気に召したように思うのは少し複雑だ。

 父さんは「ありがとう。大切に使わせてもらうね」と、ある意味で理想通りの喜び方をしてくれた。母さんも少しは見習ってほしい。


 そして肝心の琴水には、折りたたみ傘やハンカチと一緒に小白からのハンドクリームを贈った。


「ありがとうございます。これ以上ないぐらいの贈り物をいただきました」


 ――――ということらしい。しかもどことなく、ほくほくとしたようなリアクション。まるで事前に何か別のプレゼントを貰っていたような……思い当たることがあるとすれば小白ぐらいだが、訊いてみてもはぐらかされるばかりではっきりとした答えは返ってこない。

 まあ、無理に問いただすようなものでもないし、それ以上特に追及はしなかったけど。


 そんな家族との交流もありつつ、気が付けば体育祭本番も間近に迫りつつあった。


「デートしてたでしょ~」


 すっかり恒例となった放課後の練習会。

 我ながらよく続けているものだと内心で自分に感心していると、休憩中の芽乙女からからかいまじりの一言をかけられた。


「ツインテにしてた加瀬宮さんと~」


「……見てたのかよ」


「うん。偶然ね~。いつものメンバーでぶらぶら~ってして遊んでたら、偶然発見しちゃったんだ~」


「いつものメンバー?」


「めい子と~、八木くんと~、凛ちゃんと~、沢田く~ん」


 休日にも集まって遊んでるのか。本当に仲いいんだな。

 ……しかし、いつの間にかクラスメイトに目撃されていたのか。油断してたな。俺たちが付き合っているのはもう周知の事実みたいなもんだから気にしなくてもいいんだけど。


「俺たちが気づかなかったってことは、気を遣わせたのか。悪いな」


「ふふふ。感謝してくれたまえ~。めい子と成海くんの仲だからね~」


「なんだよ俺たちの仲って」


「練友だよ~練友~」


 練友……ああ、練習友達ってことか。

 否定はできない。なにせ俺にしてはたいそう真面目に放課後の練習会に参加し続けている。何気に参加率ではクラストップクラスだし。そのおかげですっかり芽乙女とも顔見知りになってしまった。


「そーいえば、今日は加瀬宮さん、いないね~」


「バイトだよ。単発の」


「へー。バイトはじめたんだ~」


 あれから俺と一緒にいくつかの単発バイトをこなした後、最近は一人でバイトに出るようになった。いつまでも単発バイトをするつもりもなく、最終的にはどこかバイト先を定めるつもりらしい。


「じゃあさ~。なんで練習しに来てるの~? 加瀬宮さんいないのに~」


「リレーに備えて頑張って練習すればいいって、芽乙女を煽ったのは俺だからな。その責任ぐらいとるよ」


 煽るだけ煽って芽乙女だけ練習させるのは個人的にいい気はしない。


「あははっ。成海くんってさ~。意外と面倒見いいよね~」


「誉め言葉として受け取っておくよ」


「そーいうとこ、けっこー……」


 芽乙女は何か言いかけて……しかしその続きを紡ぐことなく、中断したように止まった。


「けっこー……なんだよ?」


「……ううん~。なんでもな~い」


 相変わらず掴めないやつだ。


「ま、いいや。そろそろ練習再開しようぜ」


「りょ~かいです。トレーナーさん」


「練友はどうした練友は」


     ☆


 自分がヘンなことを言いかけた、という自覚は、めい子にもあった。


(そーいうとこ、けっこー…………って、ほんと。なに言おうとしてたんだろ……)


 言いかけた言葉を胸の中に押し込む。押し込むときに少し心がちくちくとしたけれど、大丈夫。見なかったことにして蓋をした。だから大丈夫。


 最近になって、こんな痛みが増えてきた。

 以前、偶然にも成海と加瀬宮のデートを目撃してしまった時もそうだ。

 あの時に感じた痛みは、今日の比じゃなかった。ナイフが体の奥深くまで突き刺さり、抜けないまま血を流し続けているかのようだった。


「お疲れ」


「う、うん。お疲れ~」


 練習の時間はいつもあっという間に過ぎ去っていく。体育の時間は長く感じるのに、不思議と放課後の練習会は短く感じる。無論、授業と生徒同士の集まりという差はあるけれど、それだけじゃない気がした。


「ごめんね~。今日は遅くまで付き合わせちゃって~。なんか、調子よくてさ~」


「気にしなくていい。つーか、熱心だよな、最近。走るのも慣れてきた感じがするし」


「そう……かな?」


「俺の目からはそう見える。よく頑張ってるよ、芽乙女は」


「……ありがと~」


 練習が終わると、成海は毎回めい子を褒めてくれる。

 走るのに慣れてきたなとか、昨日よりもタイムが上がったとか、今日は弱音を吐かなかったとか、一生懸命だったとか。どんな些細な進歩も見逃さずに褒めてくれた。


 それはきっと練習中、付きっ切りで面倒を見てくれているからだろうし、本人の気質もあるのだろう。そのおかげで、めい子は諦めずに練習を続けることができている。


 そして、めい子はこの成海に褒めてもらう時間が好きだった。

 彼がアルバイトをはじめとする私用で参加できない時は、がっかりしてしまうぐらいには。教室にいる時に話はしないものの、今日は参加しないのかが気になって、目で追ってしまうことも増えた。


「じゃあ、俺はそろそろ帰るわ」


「あ……明日は、練習に来るの?」


 気づけば、帰りかけた成海を引き留めるように声をかけていた。


「明日? バイトが入ってるから不参加。本番も近いし、芽乙女を煽った手前、休ませてもらって練習に参加するかも考えたんだけど……ちょっとお金貯めたくてさ」


「そうなんだ~。何か欲しいものがあるの?」


「欲しいものじゃなくて、体育祭が終わったら小白とどっか遊びに行きたいから。そのための資金稼ぎ」


「あ…………そう、なんだ」


 ズキン、と胸が痛む。突き刺さったナイフでそのまま切り裂かれたように、心が痛む。


(ヘンなの……めい子、どうしちゃったんだろ)


 普通のことなのに。加瀬宮小白と付き合っている以上、彼が恋人のことを優先するのは、何もおかしくないはずなのに。


「そーいうわけだから、明日はごめんな。代わりと言っちゃなんだけど、練習に付き合ってくれるように夏樹に頼んでるから。ああ、それと俺は先に帰るけど、芽乙女も早く帰れよ。もう暗くなってきてるし…………」


 と、成海は途中で言葉を止める。それから僅かに悩んだ後、改めて切り出した。


「やっぱなし。駅まで送るから、一緒に帰るか」


「え?」


「よく見たらもうかなり暗いし。いつもは沢田たちと帰ってたけど、今日はあいつらいないだろ。ぱっと見、芽乙女と帰り道が同じやつは他にいないし……もしかして帰り道、一人なんじゃないか」


「……そーだね。今日は一人だよ。でも、大丈夫。慣れてるし」


「ヘンに強がってないで大人しく送られとけ。最近、ここら辺で不審者が出たって話もきくし」


「……うん。じゃあ、そーする」


 それから、めい子は慌てて帰り支度を済ませた後、成海と共に駅までの短い道のりを歩き始めた。


(……気づいてたんだ。めい子が一人で帰るって)


 いつもは沢田たちのグループか、それ以外にも同じ道の子がいれば一緒に帰っていた。

 しかし今日に限っては違った。遅くまで練習していたことも関係している。成海はそれに気づいて、こうして提案してくれたのだ。


 ――――ヘンに強がってないで大人しく送られとけ。


(……気づいていたんだ。めい子がちょっと、怖がってたって)


 中学の頃だ。暗がりの道で一度だけ、見知らぬ男性に跡をつけられたことがあった。

 それ以上、特に何かあったわけではない。正確には何かある前に、その男は翌日、警察に取り押さえられた。


 後で聞いた話では、女子中学生の後をつけては暴行を加えていたらしい。他の地域で何人かの中学生が彼の犯行の犠牲になっていた。めい子もあと少し遅ければ、同じように暴行を加えられていたかもしれない。


 そう思うと怖くて、それ以降、暗がりの道が少し苦手になった。

 だからこそ、練習終わりは誰かと一緒に帰るようにしていたのだが、今日はそれもできなくて内心では怖がっていた。


 もちろん成海は、めい子の事情を知っていたわけではないだろうが――――内心では怖がっていたことを、なんとなく察していたのだろう。


(そーいうとこ、けっこー…………)


 また、同じことを考える。同じ言葉が心の中で浮かぶ。


(…………好きだなぁ)


 そして今度は、その言葉を最後まで形にしてしまった。


 面倒見がいいところも。背中を押してくれるところも。心に寄り添ってくれるところも。

 何か特別な、劇的なきっかけがあったわけじゃない。日常での何気ないことの積み重ねが、いつしか大きな想いとなっていた。


 そしてこの想いは、抱いてはならないものだ。

 抱いた時点で、捨てなければならないものだ。


「成海くんって、さ~……この後……予定、ある?」


 そうと分かっていて止められなかった。

 気が付けば、彼を呼び止めていた。


「ある」


「それって、どんな予定……?」


「小白を迎えに行く。あいつのバイトが終わるの、ちょっと遅いんだ。帰り道が心配だし」


「そっか……うん。それは、仕方がないね~」


 仕方がない。仕方がない。仕方がない。

 心の中で何度も唱えて、胸の痛みを我慢する。


「ん。じゃあ、ここでお別れだね~」


「駅から降りてからも、帰り道は気をつけてな。何かあったらメッセ飛ばしていいから」


「ありがと~。また明日ね~」


 半ば無理やり目を逸らすように成海と別れて、ちょうどやってきた電車の中に乗り込んだ。窓の外に流れる景色をぼんやりと眺める。


「…………めい子じゃ、だめなのかな」


 その溢れ出してしまった小さな一言は、電車の中の喧騒にかき消されていった。


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